課題意識がライフワークの種になる|身に付けるべきは骨太の専門性

learningBOX 代表取締役 西村 洋一郎さん
Yoichiro Nishimura・2007年慶應義塾大学大学院卒業後、キバンに入社。eラーニングのソフトウェア開発に携わる。2011年に独立し、地元である兵庫県たつの市で個人事業を開始。2012年龍野情報システムとして法人化、クラウド型eラーニングシステム「learningBOX」を開発。2022年learningBOXへ社名変更、以降現職
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課題意識が導いたキャリア
兵庫県の田舎で生まれ育ち、今その場所に戻って自分のビジネスをしています。子供の頃には、こんな未来になるとは思いもしませんでした。
田舎は圧倒的に選択肢が少ないです。買い物するにも、遊びに行くにも、そして人を育てるにも、選べる道が限られています。学校の数自体が少なく、塾なども多くはありません。個人に合った教育の形を探すのが、都会に比べて格段に難しいのです。
都会にいると気づきにくいですが、インターネットが普及し、たくさんの人が平等に情報や機会を得られているように思える現代においても、教育格差がゼロになったとは言えない現状があります。
私はありがたいことに大学進学で上京するチャンスを得ましたが、地方によっては進学のために上京する選択肢を持てない状況もあります。「教育格差」という私の課題意識はずっと心の中にあり、今も事業を進める原動力になっています。そういったことへの課題意識から、eラーニングシステム「learningBOX」は生まれました。

みなさんも心の奥底に「おかしいな」「もっと良くしたい」「どうにかならないか」という思いはありませんか。ふつふつとした課題意識が自分のキャリアを作っていくこともあるので、ぜひその違和感や正義感を捨てずに大切にしてください。そして将来について考える時、その思いとしっかり向き合ってほしいと思います。
会社員でしか学べないことがある
大学進学後はベンチャー企業のシステム開発の仕事を手伝っており、卒業後もその企業に就職しました。自分がやりたいと考えていたeラーニングの分野を手がけており、時代を先取って成長しているのも感じられたので、自然に籍を置くことになりました。会社員として、北海道など国内だけでなく、中国でも仕事をして成長を感じ、充実していましたね。
ところが2年ほど経つと、会社が事業分野を転換し、映像配信に軸足を置き始めたのです。さすがに自分が進みたい方向とは違うと思い、違和感を覚えました。このまま会社に残るかどうか悩みましたが、結局退職を選びました。
その後、自分の事業を立ち上げたのですが、会社員の経験は社会人としての基盤になっていると感じます。最近は学生起業や、卒業後すぐにフリーランスで働く人も少なくありませんが、自分の事業を興すとしても、一度会社員をしておいたほうが良いと思います。
ビジネスやお金を稼ぐとはどういうことなのか、そのための信頼とは何なのか、という本質的なことだけでなく、連絡の仕方、書類の書き方、時間の管理、礼儀や気遣い、デジタルスキル、身だしなみなど、ビジネスマナーと言われる社会人の常識が短期間で身に付くからです。
本を読んだだけでは得られない、組織を運営するメンバーの一員だからこそ身に付けられるものは確実にあります。そういった基礎的な社会人としての力を持ってこそ、自分の理想のキャリアを実現できるようになるのではないでしょうか。
計画通りでないからこそ良い転機に出会える
退職・独立のきっかけは、会社の方向転換以外にも人生の転機がありました。東日本大震災です。否応無しに自分の大切なものを見直す機会になりました。
人の命は短く、貴重なもの。だからこそしっくりこない仕事に時間と力を費やすより、やりたいと思うことに全力投球したほうが良いだろうと思いました。同時に、地元に帰って生活したいという気持ちも湧いてきました。そこで決意したのが、地元に戻ってソフトウェア開発の個人事業をスタートさせることです。

上京したときには、まさか地元に帰ってくるとは思いませんでしたし、起業することも想定していませんでした。でも、会社や天災など自分ではコントロールできないものに後押しされる形で自分の人生を考え直す機会ができ、結果的に新たなキャリアの道が開けていったのです。
人生は計画通りにはいきません。でも、想定外のことが起こるからこそ、思ってもみない展開に出会うこともできるのです。すべてをコントロールしようと肩肘張る必要はありません。どんなことが起こっても、考え方と行動によって良い方向に転がるチャンスにすることができると考えてみてください。
出会いと先例からの学びで道を拓こう

会社員時代からの顧客のつながりもあって受注は順調。私の事業は軌道に乗り、大型案件の受注に合わせて法人化もしました。すると法人化と前後して、中学校時代の後輩も東京からUターンしてきたとのことで、 会社に出入りするようになりました。
その頃、個人事業主の頃に私が開発した、Web上で手軽にクイズを作成・公開できる「QuizGenerator」のユーザーから「クイズの成績管理や出題内容の管理といった機能も欲しい」といった声が多く寄せられるようになりました。
リクエストが毎週のように届くようになったことを受けて、彼がプロダクトオーナーとなり、コンテンツ作成や採点、成績管理などeラーニングに必要な機能を備えたeラーニングシステム「learningBOX」の開発に着手。これがeラーニング事業へと発展する大きな転機となりました。
ずっとやりたいと思っていたこと、会社員として過去に少しだけ携わったことに、再び全力投球するチャンスを得ました。そのきっかけになったのは、旧知の後輩との再会。出会いが会社と私の運命を変えたのです。
その後もおもに「QuizGenerator」と「learningBOX」の開発をしていきましたが、資金調達に苦労することも多々あり、本当に大変な思いをしました。でも金策に追われて毎日いっぱいいっぱいでも、不思議と折れてしまうことはありませんでしたね。資金が足りないのは、ベンチャー企業なら皆が通る道です。壁にぶち当たるたびに先例を調べ、それを参考にしながら進んでいきました。

伸び悩んだり難しい状況に陥ったりしたとしても、それは大抵どこかの誰かも通った道です。同じような例がないか、調べたり聞いたりすれば、大半は乗り越えられます。調べ尽くして、経験者に知見を尋ねて、助けてほしいと言い続けてみましょう。
人間には骨太の専門性がある
こうしてやりたいと思っていた事業に着手し、ここまで大きく育ててきました。一方で時代はどんどん変化し、eラーニングに求められるものも変わってきたような気がします。AI(人工知能)が進化するなかで、人はどのようなスキルを高めていけば良いのか。今一番問われている課題ではないでしょうか。
私は「専門性」こそが、人が持つべき大切なものではないかと思っています。場合によってはAIの精度はそれほど高くなく、間違いも散見されます。「これは違う」という判断は人間がしなければなりません。また、文脈によって求められる回答が違う場合に、より適切な回答を選び取るのは人間です。文脈を設定し、理解するのに必要なのは、教養ではないでしょうか。課題の本質を見極め、適切な回答を答えさせるために、アカデミックな専門性は大きな武器になります。
だからこそ学生の皆さんには、インターンシップや就活に必死になる前に、しっかり大学の勉強をしてほしいと思います。人が積み重ねてきた学問の知見・考え方を身に付けることが大切です。
目先で必要なことだけでなく、先を見すえたうえで重要だと判断できることには、しっかり時間と力を割きましょう。“楽をするための苦労”を厭わずに重ねると、将来大きく飛躍できる人材になるはずです。

従来の枠を超えた挑戦の先に成功を見出そう
今の私の夢は、「世界で使われるようなソフトウェアを生み出すこと」です。ソフトウェアはどこでも作ることができます。田舎でもシリコンバレーでも関係ありません。良いものは売れ、広く使われる。その事実は歴然としてあります。
だから、素晴らしい商品・サービスを作り上げ、地方の兵庫県たつの市からでもグローバルな成功ができるということを実証したいと思っています。そしてその先に、教育格差のない社会を実現したいですね。
皆さんも従来のやり方にとらわれず、何かを達成してほしいと思います。うまくいかないときはやり方を変えたり、先例に学んだり、変化を受け入れたりしながら、今までの枠にとどまらない成功を目指してほしいですね。

取材・執筆:鈴木満優子