義を重んじて積んできたキャリア|価値観が柔軟なうちに「本物」に触れよう

SYNTH 代表取締役社⻑ 田井 秀清さん

SYNTH 代表取締役社⻑ 田井 秀清さん

Hidekiyo Tai・大学卒業後、ナガセケムテックスに入社し5年間人事総務に従事。その後米国W. L. Gore & Associates日本法人へ転職し、人事総務グループ責任者として勤務。その後退職し、大阪市立大学大学院創造都市研究科で2年間勉学に励んだあと、SYNTHを設立。以降現職

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ファーストキャリアは老舗日系企業から。本質を理解する大切さを学んだ

ファーストキャリアは、人事総務の経験が積めるところという軸で選びました。当時の私はあまり真剣に就活に向き合えておらず、就活自体も順調とは言い難い状況だったのです。そんなとき、父から「お前は大器晩成型だし、後方支援が向いている。人事総務が良いのではないか」というアドバイスを受けました。そんなものか、と特に疑問も持たず、そのまま職種別の採用で人事総務を募集していた老舗日系企業に入社しました。

父のアドバイスを真に受けて決めたファーストキャリアでしたが、今振り返っても私にはもったいないくらい良い会社だったと思います。そこで、物事の本質を理解することの重要性を学びました。

人事総務では、社会保険に関する手続きや給与計算など、複雑な計算が必要な場面が多くあります。通常、そういった場面では給与計算ソフトなどのパッケージソフトが用いられ、ボタン一つ押せば計算が終了するというのが一般的でした。しかし1社目の会社では、一つひとつロジックを確認しながら手で数式を導き出すことが求められたのです。なぜならソフトで計算をしていると、会社の規模感や人材のレベルが変化した場合に対応しきれなくなってしまうからです。

たしかに、機械を使って計算をすると早いし便利でしょう。でも本質を理解していないと、何かあった際に対応しきれず外部のリソースに頼ることとなり、結果として無駄なコストが発生します。一方で、きちんと本質を理解できていれば、会社に変化が生じても自分たちの手で柔軟に対応できるのです。ここから、何事も本質を理解したうえで業務にあたることの重要性を学びました。

ここで学んだ「物事の本質を理解する力」は、人生のターニングポイントとなる2社目のゴアテックスへの入社時に大いに役立ちました。外資系企業であるゴアテックスに入社したとき、「君のようなロジックを理解した人材が欲しかったんだよ」といわれたのです。最初の会社に入社できていなかったら、ゴアテックスにも入社できていなかったと思いますね。

田井さんのキャリア変遷

ゴアテックスに転職して驚いたのは、1社目と会社の雰囲気が大きく異なることです。成長産業だったため若手が多く、非常に活気がありました。また会社としても事業をどんどん拡大させるフェーズ。ポストも空きやすく、一度失敗したとしてもすぐ次の打席が回ってくるような環境でした。そのうえ、成熟前の組織を自分の手で作る力も身に付きましたね。組織マネジメントの力は、現在の会社経営でも大いに役立っています。そういった意味でも、成長産業に身を置けたことは大きかったです。

これから就職する人で、まだ志望先を検討中という場合は、ぜひ成長産業を視野に入れてほしいです。成長産業に身を置くことは、そうでない会社に身を置くのと、得られる経験が大きく異なります。たとえば人事部であれば、衰退産業の場合、学べることの多くはリストラと事業売却になるでしょう。コストカットのスキルばかり身に付けても、いずれ再び成長段階を迎えるとき、活躍することができません。それよりも、成長産業で今後会社を成長させていくためのスキルを身に付けたほうがずっと身になるのではないでしょうか。

成長産業の魅力

価値観が柔軟な若いうちに「本物」に触れよう

ゴアテックスに入社してからも非常にチャレンジングな日々が続きました。外資系なので、基本はトップダウンの世界。そして、実力社会で誰もが成果を出すために猛烈に働くことが求められます。私も例に漏れずがむしゃらに働きました。

最初の3年間は組織論を学ぶために別会社で勤務し、そこで初めて営業を経験します。自転車で得意先を回っていたのですが、ズボンが擦り切れて穴が空いてしまったこともありました。

営業経験を積んだ後本社に戻ってからは、人事総務をやりながら産業廃棄物の貴金属の販売。業務量は膨大でしたね。そして求められる能力も非常に高かった。

こういった経験から、自ずとマルチタスクに業務をこなす力が身に付いたと感じます。さらに20~30代のうちにグローバルな環境に身を置けたのも、広い視野を身に付けるのに役立ちました。このように、普通のビジネスパーソンがなかなか学べないことを若いうちに経験できたのは、その後のキャリアにおいて大きな財産になったと思っています。

これから社会に出るみなさんも、なるべく若いうちに「本物」の経験を積んでほしいです。これは私の意見ですが、価値観は年を重ねるたびに固定化されていきます。よくコマーシャルでは懐メロが流れますよね。これは、おじさん、おばさんが懐メロを好むからです。今流行りの曲についていける人は少数でしょう。このように、感性は若いときに触れたもので固定化されてしまうのです。

価値観も同じように、30~40代くらいまでの若いうちにさまざまな経験を積んでおかないと、その後の人生ずっと固定された価値観をひきずっていきます。だからこそ、若い人には実際に身体を動かして「本物」に触れ、多様な価値観を形成しておいてほしいです。

「やらないこと」を決めることが成長への近道

SYNTH 代表取締役社⻑ 田井 秀清さん

本物に触れるためには、まずその時間を捻出すること。私がゴアテックスに勤めていたときは、バラエティ番組も一切見ない。音楽も聞かない。当時流行っていたものを何一つ知りません。その分をすべて自己研鑽に充てていました。あれもこれもやろうとしていると、どうしても割けるリソースが限られてきます。だからこそ、「やらないこと」を明確に決めていました。

今みなさんは、誘惑が多くて大変な時代を生きています。TVだけでなくスマホやYoutubeなど、時間を潰すための娯楽が世の中に溢れかえっていますよね。でも、そういったものに気を取られていたら何もかも中途半端になってしまいます。誘惑の多い時代だからこそ「やらないこと」を決めて、本当に自分に必要なことに全力投球してほしいですね。

ちなみに、自己研鑽に関心があるなら、20代のうちは資格や語学などの即効性のあるものに取り組むのがおすすめです。まずはスキルを増やしていく。そして30代以降は、もっと大きな、考え方などを学ぶようにすると良いと思います。歴史上の偉人がなぜ天下を取ったのか。大企業の社長はいかにして今の立場まで上り詰めたのか。そういった考え方を学ばなければ、問題が起こったときに対応できません。年代によって吸収することも変えていくのが大切です。

田井さんからのメッセージ

会社は変わりゆくもの。業界でなく社風で選ぼう

ゴアテックスで過ごした時間は非常に充実したものでした。しかし、そんな時間も急に終わりを迎える日が来ます。

ある時、会社の経営方針が変更になり、日本企業と米国企業が共同で出資するという形から、100%米国企業が出資する形に変わりました。それにともなって、今までお世話になった上司が軒並み辞職することになり、自分も辞めることに決めたのです。

一般的な日系企業はここまで激しくはないにせよ、「会社というのは時代によって変わってゆくものなのだ」ということは、今の若い人たちにこそ覚えておいてほしいですね。特に「学部・学科を活かせる業界に就職したい」と考えている人には心に留めておいてほしいです。なぜなら会社は、特に事業内容などというものは、常に移り変わっていくものだからです。

たとえば孫正義さんが経営するソフトバンクは、最初はパソコンの雑誌を売る会社でした。でも今は通信業やファイナンスなど、幅広い展開をしていますよね。このように業界や主力事業そのものが大きく変化したとき、業界にこだわる人は離脱してしまうでしょう。でも孫さんの人柄や考え方が好きで、孫さんについていきたいという人は残ります。だからこそ、就職先は業界で選ばず、どんな人が経営者なのかや、そこから感じられる社風が自分と合うかどうかで選んだほうが良いと思います。

正直、学生時代の3〜4年で学んだ知識は、多くの場合社会人になって働きながら身に付ける知識や経験にはおよびません。それをベースにするよりは、あなたの20数年という人生の積み重ねによって形成されてきた価値観とマッチする社風の会社に入社したほうが、長く勤められるのではないかと思います

まずは「人として大切なこと」を念頭に。自らのおこないが巡り巡って今をつくる

ゴアテックスを辞めてからは、少し仕事から離れて今後のことをゆっくり考える時間を取りました。そして1〜2年英気を養っているうちに、自分の会社を起業したいと考えるようになります。そしてそのためにはもっと経営論を学ぶ必要がある。それも「型」を一から学び直したほうが良かろう、と思うようになりました。そこから、経営大学院に行って学び直しをする日々が始まります。そのなかで、今の会社を起業するきっかけとなる「シェアオフィス」に出会ったのです。

自分の会社を経営して実感するのは、人としての倫理を重んじることの大切さ。というのも、経営をしていると今までのおこないが回りまわってつながっていると感じることが多いのです。たとえば、大学時代の後輩が自社の顧問弁護士になっていたり、ライバルで互いにしのぎを削り合っていた会社が、今や自社の取引先になったり──。かつての敵が今の味方になることも多くありました。

そんな関係になれたのも、人としての倫理を重んじて相手と接してきたからです。自分の言動や立ち振る舞いは、必ず巡り巡って自分に返ってくる。だからこそ、もう一度会ったときに良くしてやろう、と思われるような立ち振る舞いを意識するようにしています。

人としての倫理を大切にすることが重要

近年、不正問題が取り沙汰されている会社も多いですよね。そういった会社は目先の利益にばかり目がいってしまっているのでしょう。テクニックや自分の利益のみを追い求めていたらいつかしっぺ返しをくらいます。人として大切なことを見失わず、礼を尽くす。それは、日本人の多くが備えている、とても価値ある精神だと思います。

若いみなさんにはぜひ、礼を尽くし義を重んじる心を大切にしてキャリアを歩んでほしいです。そうすれば世界はきっと、大きく開けてくるはずですよ。

田井さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:久保鞠奈

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