人間にしかない「温度」を持て|妄想の力に突き動かされた経営者への道

コードミー 代表取締役CEO 太田 賢司さん

コードミー 代表取締役CEO 太田 賢司さん

Kenji Ota・北海道大学大学院理学研究科卒業。新卒で国内最大手の香料会社に入社し、フレグランスの開発に携わる。フレグランスの官能評価などをおこなうエバリュエーターとして研鑽を積んだのち、独立起業。「新しい香り社会を描く」をミッションに2017年、コードミーを創業。以降現職

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憧れを行動へつなげる。「夢」にとどまらせないアクションを起こそう

北海道出身で北大の理学部に進んだ私は、同じ大学・学部の先輩である毛利衛さんの背中を追いかけ、宇宙飛行士になってみたいと思っていました。地元に講演会にいらっしゃったのを見たこともあって、憧れの存在でした。いざ就職活動が始まったときには、もちろんJAXA(宇宙航空研究開発機構)を目指しましたね。

ところがJAXAでは宇宙飛行士を当分の間募集しないと言われ、自分が描いていた将来像が大きく崩れることに。宇宙飛行士になれるなら、と思って志望していた道だったので、JAXAでそれ以外の職種で働くことは考えられませんでした。

さすがに気落ちすることもありましたが、私自身も宇宙飛行士にすべてをかけていたわけではなかったのもあり、「いったん冷静になってほかの道を探してみよう」とすっきりと方針転換をすることができました。

憧れの先を見すえ、実際に動いてみることで、思いもよらなかった結果になることはあります。それが良くない結果であることも、往々にしてあるでしょう。しかし、ただ憧れていただけでは得られなかったものや、たとえ思ったような結果でなかったとしても得られるものは必ずあると思っています

私も宇宙飛行士の夢はいくつか思い描いた夢のワンオブゼムだったので、宇宙への夢をすっきりと終わらせ、違う道を探すことができました。動いたからこそ、一つの夢を納得して断念し、方向転換ができたのです。憧れを憧れのままにせず、しっかり向き合うことで見えてくる違う道もあると思います。

本能のまま見つけた次の道。就活が自分を知るきっかけになった

長らく抱いていた宇宙飛行士という夢を断念し、次に進むべきはどのような道なのか。そう考えたときに脳裏に浮かんだのは、「おしゃれでクリエイティブな世界」そして「職人的な仕事」というキーワードでした。

そこで出会ったのが、香りの世界。大学では化学科で新規化合物の研究をしていたので、アパレル、コスメなどのさまざまな新規素材を扱う業界を見るうちに、香料を扱う分野に関心を持つようになりました。ただもともとフレグランスが好きで使っていたので、どちらかというと本能的な「好き」という思いに従った感覚です

就活をするなかで知ったのは、香料業界は目に見えないものを突き詰め人の心を動かしている、かっこいい世界だということ。化粧品や香水、ルームフレグランスなどを作っている会社は、そのほとんどが香料メーカーから香料を仕入れており、香料メーカーがなければ成り立たないということも初めて知りました。加えて、パリを中心に海外とのやりとりも多く、グローバルな点にも憧れを抱きました。

こういったことを知れたのは、就活があったからこそだと思っています。フレグランスを好きだったのも一消費者としての感覚で、仕事にしようと思ったことはありませんでした。もちろん香料業界という世界があることも知りませんでしたね。しかし、改めて就職活動でさまざまな業界を見るなかで「これだ」とピンときたのだから、きっと運命だったのだと思います。就職活動をきっかけに動いたからこそ、知らなかった社会の一端を知り、自分を知ることもできました

太田さんからのメッセージ

皆さんにも、就職活動はもちろん、この先の長いキャリアを築いていくうえでも本能的な「好き」という気持ちを大事にしてほしいです。その思いをきっかけにして、自分が進む道を選択していくのもありなのではないでしょうか。

就職活動は知らなかったことを知り、自分と社会に向き合うことができる絶好のチャンス。この機会を存分に楽しんでください。

自分なりのスイッチを。「やるなら楽しく」の思考に切り替えよう

グローバルな香りの流行のなかで新しい香りを生み出し、トレンドやムーブメントを作っていく──。そんなフレグランスの開発をしたいと香料メーカーに入社したのですが、最初から想定していた希望の部署や業務につけるわけではありません。入社後はすぐに当初予定されていた研究所とは異なる工場に配属となり、医薬品の合成に携わりました。

正直なところ、当時はがっかりしましたね。大学時代もこれまでにない有機化合物の創造を目指して研究をしており、新しいものを生み出す仕事をしようと意気込んでいました。だからこそフレグランス事業でも、研究所勤務でもないのが不本意だったのです。

しかし、いざ工場で仕事に携わってみると、すぐに気持ちは前向きになりました。その大きな理由の一つが、職場環境の良さです。

職場の人は皆気さくで、気遣いもしてくださって、居心地の良い環境でした。先輩も上司も尊敬できる人柄の方ばかりで、コミュニケーションも良好。困ったことがあっても、すぐに勇気づけてくれました。こんなに恵まれた環境で不貞腐れているわけにはいかないでしょう。ネガティブな気持ちを切り替えて、全力で学び、仕事ができたと思います。

気持ちを切り替えて前向きに

皆さんも希望した配属先に恵まれず、後ろ向きになってしまうことがあるかもしれません。でも、やるからには前向きに、楽しくやったほうが良いと思いませんか。気持ちを切り替えるきっかけは、さまざまなところにあります。私のように人間関係であることもあれば、ほかの部分にきっかけを見出せることもあるでしょう。

振り返ってみれば、どんな経験も悪いものにはなりません。自分なりの「スイッチ」を見つけて、切り替え上手になれると良いですね。

譲れない思いこそ隠さず行動で見せる

2年後に念願の研究所配属になり、フレグランスの開発が始まりました。一言で「フレグランスを作る」と言っても、たくさんの工程や研究が必要とされます。香料原料の基礎研究的な部署もあれば、香料を組み合わせて新しい香りを生み出す部署、出来上がった香りを評価する部署など、千差万別です。私はすべての部署を経験したいと思っていました

特に香料を組み合わせて香りを作る調香師になりたいと、強く望んでいました。そこで、別部署の先輩の大御所調香師に指導をお願いすることに。当時私は基礎研究の部門にいたのですが、好奇心を抑えることができませんでした。

始業時間より1時間早く会社に行き、その大先輩からさまざまなことを教えてもらいました。先輩も毎日親身になって付き合ってくださったのがありがたかったですね。素直に教えを乞うことは大切だし、とても楽しいと気づきました

そのほかにもお昼休みに勉強会を主催するなど、「香料を極めたい。フレグランスをもっと知りたい」という気持ちは一切隠しませんでした。そのうえで調香の部門への異動希望を伝え続けていたところ、ようやく辞令が出たのです。

周りに認められるには「行動」と「発信」が必要

やってみたいことがあったら、発言する・伝えることを意識してみてください。それに加えて、意欲を見せることも大切です。口先で言っているだけではなく、「やりたい!」という強い思いを行動で示せば、誰もがその本気を疑わないでしょう。どんなことでもかまいません。意欲、やる気、野望は表に出してしまいましょう。

起業のきっかけは「妄想」にあった

コードミー 代表取締役CEO 太田 賢司さん

会社でフレグランスの研究を重ねるうちに、評価のスペシャリストになるためニューヨークに赴任する機会を得ました。長年願っていた海外での経験が積めると、意気揚々と渡米。仕事に注力するのと同時に、趣味のストリートダンスにも力を入れてみました。せっかく世界一のショービジネスの地に来たのですから、仕事はもちろん、ダンスの世界も見たいと思ったのです。

ニューヨークは世界中から野心を持った人が集まる街です。ダンスの世界で上に行こうとする人たちは、皆情熱にあふれていました。向上心や想いの強さを目の前で見せつけられるにつれて、自分の人生についても考える時間が増えていきました。ブルックリンブリッジのたもとの公園で寝転がって、自分はこれからどんなことに情熱を燃やしたいのか、思いを巡らせたのです

時は前後して2011年3月11日。東日本大震災があったことも、自分の人生観を見直すきっかけになっていました。いつ命が果てるかわからない、亡くなってしまった人々の分まで、自分は全力で生きたいと強く思っていました。

そこでふと考えたのが、起業です。香料業界を経てスタートアップを立ち上げた人は、知る限り前例がありませんでした。これまでの知見を活かして新しい香りのビジネスを始めてはどうかと、真剣に考え始めました。真剣ではあるものの、基本は妄想です。こんなことをして、こうやって成功して、こんな立場になって、さらにあんなことや、こんなことも……。自分が何かを成し遂げていく未来を、あれこれ考えるのは楽しいことでした

太田さんのキャリア変遷

今のキャリアは、間違いなくニューヨークで寝転がって妄想したことから始まっています。なんの当てもなく、かなえられる目処もなく、ただ夢見ていたところから、すべてがスタートしました。そう考えると、妄想の力は侮れません。できるかできないか、実現性や妥当性にとらわれていてはダメです。まずは夢を見て、妄想を膨らませて、ビジョンを大きく広げましょう

ビッグビジョンとスモールアクションで理想をつかめ

妄想は大事ですが、もちろん妄想しているだけでは何もかないません。遮るもののない自由な妄想、大きな夢を抱きながら、実際にそこまでたどり着くためのスモールステップを踏んでいく必要があります。ビジョンは大きく、アクションは小さくが鉄則です。

まずはスタートアップ経営者の本を読み、起業について学び始めました。ずっと理系で経営の「ケ」の字もわからなかったので、帰国後はMBA取得に向けてビジネススクールに通い始めました。地道に一つずつできることを増やして、ようやく起業に漕ぎ着けました。

いざ社長になってみると、すべての責任から逃れられない大変さと、その分大きなやりがいを感じています。経営者は「雨が降っても自分のせい」です。想像しないことが起こっても、責任を取る覚悟が必要。そして今も大きな夢を妄想しながら、毎日地道に小さな仕事を積み重ねる途上にあります。

人間らしい感情、温度、意志を大切に

社長になると日々決定、決断の連続ですね。でも今後AI(人工知能)などが進化していくと、経営者でなくとも日々決断を下すことが大きな仕事になるのではないでしょうか。AIに仕事をさせて、その結果を見極め活用するのは、人間です。意志を持った決断ができるのは、人間のほかにいません。だからこそ、意志を持つこと、覚悟を決めること、判断し決断ができる人が、より求められるようになっていくと思います。

人間らしさという点では、人から共感を得られる“温度感”を持った人も、求められるようになるでしょう。非認知能力の重要性が謳われる昨今ですが、まさに数値化できない人間力は、現代だからこそ余計に必要とされる気がします。正論をまくし立てて、誰もついてこないトップよりも、失敗しても一緒にやりたいと思えるリーダーが欲しいのです。

先日とある大企業の経営陣の方と話がまとまったときに、彼が泣きながら握手をしてくださったことがありました。人間臭さというか、感情の手触りというか、そういったものに大きく心を動かされましたね。これはAIにもロボットにもできないことです。

この先意志、感情、コミュニケーションは、もっともっと重要度が上がっていくと確信しています。時代がデジタル化していくからこそ、皆さんはエモーショナルで共感を呼ぶ、「人らしい人」であり続けて欲しいですね

太田さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:鈴木満優子

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