キャリアは「自分」を起点に描く|物事には一人称視点で向き合おう

ダイナミックマッププラットフォーム 取締役 グループ技術・生産担当 麻生 紀子さん
Noriko Aso・1982年三菱電機に入社し、防衛システムのソフトウェア開発部門で経験を積む。2000年、同社鎌倉製作所にて情報システム部技術第一課長に就任。 2009年からは独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に2年間の出向を経験 。三菱電機に復帰後、2014年には宇宙システム事業部 準天頂衛星部担当部長に、2016年には同事業部 宇宙システム開発センター担当部長に就任。2020年にダイナミックマッププラットフォームへ入社し、執行役員として技術部門を管掌。2023年より取締役に、2024年からは取締役グループ技術・生産担当に就き、以降現職
宇宙への憧れを抱いた子ども時代
「宇宙にかかわる仕事がしたい」これが最初に芽生えたキャリアの希望です。幼い頃から読書が好きで、なかでもSFのジャンルが大好きな子どもでした。鉄腕アトムやサイボーグ009、宇宙戦艦ヤマトなどのアニメもたくさん見て、宇宙への憧れを抱いたのです。
とはいえ、それは現実的な目標というより憧れや夢という感じで、具体的な行動を取っていたわけではありません。大学では工学部に進学はしましたが、高校からエスカレーターでの進学だったので、「理系が得意だから工学部かな」というくらいの漠然とした選択でした。
雇用における男女の均等な機会と待遇の確保を法律として定めた「男女雇用機会均等法」が施行されたのが1985年。私が社会に出たのはそれ以前の1982年で、当時は女性がキャリアを積むといった風潮はまったくと言って良いほどありませんでした。
私も数年で辞めるのかなと思いつつ、大学からの推薦枠を活用して三菱電機に入社できることに。いわゆる就職活動はしていませんが、宇宙分野を手掛けている企業であることや、新しいことにどんどん取り組んでいる企業だと感じたことが同社を希望した理由です。
夢だった宇宙の事業に携わるまではしばらく時間を要しましたが、まずはそこに至るまでのキャリアの前半からお話ししたいと思います。

必死になる経験をして初めてキャリアは動き出す
入社後、配属されたのは防衛システムのソフトウェア開発部門です。同社が手掛ける事業のなかでも新しい分野でしたが、防衛はソフトウェア開発のフレームワークが確立している分野でもあったので、ここで徹底的に仕事の基礎を叩き込んでもらいました。
防衛はまったく未知の世界で大変ではありましたが、新たな学びを得られること自体はとても刺激的で、若手の頃は本当にたくさん勉強をしました。当時はハードワークが当たり前の時代で、今ではありえないような徹夜も何度も経験しましたが(笑)、自分の手で書いたソフトウェアでハードウェアシステムが動く瞬間は感動的で、不具合も数多く経験しながら技術を積み上げていきました。
時代背景もあり「女性だから」という壁がゼロだったわけではありませんが、システムはチームワークで作り上げていくものなので、メンバーの一員として認められる努力をしたことで、いわゆるガラスの天井をわずかながらも打破していけたように思います。
受け身にならず積極的に仕事に取り組んで成果を上げていけば、誰かがそれを見てくれていて次のチャンスが舞い込んでくる。そしてその経験値がまた次のチャンスにつながっていくというサイクルがうまく回り始めました。
この経験から学生の皆さんに伝えられるのは、キャリアのなかでは必死で取り組む時期が必要だということです。企業や社会からの信用は、受け身で待っているだけでは得られません。30代の半ばくらいまでは目の前の仕事に必死に取り組み、まずは周りに認められることで、その後のキャリアが開けていくのではないでしょうか。
仕事には一人称で取り組む。「お客様」は学生時代で卒業しよう
これから社会に出る人にも、仕事に対して一人称で取り組むことはぜひ意識してみてほしいです。企業が与えてくれるという受け身な姿勢にならず、「これは自分の仕事だ、自分は何ができるか」という目線を持って考え行動すること。自分なりにベストな方法や対応策を考えたうえで、先輩に対しては「自分はこうするのがベストだと思いますが、どうですか」と壁打ちとしての相談をしてみてください。
学生と社会人の大きな違いは、お客様の立場ではなくなることです。学校はお金を払って学びを得る場所ですが、職場はお金をもらって仕事をする場所です。教育というサービスを受ける側ではなく、お客様にサービスを提供する側になり、その対価としてお金をいただいている。立場が変わったと自覚することが社会人としての第一歩です。この認識や意識変容ができるかどうかで、社会に出てからの活躍の幅は大きく変わってくるでしょう。
働くとは、自分自身が成長して社会における信用を得ていくこと。特定の企業で働くということは、給与をもらって企業の成長に貢献すること。このことを念頭に置いていれば、社会人として良いスタートダッシュを切れると思います。

就職活動においても、一人称で考える姿勢は有効に働くと思います。日頃から「自分がどのような人生を送りたいか」を考えていれば、能動的にインターンシップに参加したり、OB・OG訪問をしてヒアリングをしたりといった行動につながるはずです。インターネット上の情報ばかりを安易に頼りすぎず、五感をフルに使って自分の人生をとことん考えてみてください。
ほかにも「与えられた仕事をこなすだけでなく、プラスαの付加価値を付けて打ち返す姿勢がある」「情報を多角的に収集し分析した情報に基づいて提案できる力がある」なども活躍する人材の条件だと思います。
念願の宇宙ビジネスにかかわり始めた30代。出向経験で得たもの
10年ほど防衛省をクライアントとして防衛システムの開発を経験した後は、警察や道路管理会社をクライアントとする交通システムの開発に従事。5年ほど経験した後、念願だった宇宙システムに携わるチャンスが遂にやってきました。
技術第一課長という立場も任され、それまでの経験を活かしてシステムの開発に注力していましたが、9年ほど経った頃、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)に出向する機会をいただいたのです。新たな目線を養うことができたという点で、ここがキャリアにおける最初のターニングポイントと位置付けています。
それまではずっと開発側でしたが、JAXAでは衛星システムを利用し、エンドユーザにサービスを提供する部門に在籍しました。開発側にいた頃は「とにかく技術的に良いもの、優れたものを作ろう」という目線が強かったのですが、ユーザー側に立ってみると、使い方によっては技術的に良いものが必ずしもベストではないと気づくことができました。
JAXAでの5年間で徹底的にユーザー目線を鍛えられたことは、その後のキャリアの財産になっています。三菱電機に戻ってからは「衛星の技術を社会に利用していこう」というテーマを持った部門に入り、ユーザー目線を活かしたシステムづくりに邁進することができました。
組織の外に出てみることは、思いのほか自分の視野を広げてくれるものです。転職と違って出向はいずれ戻ることを前提としているので、「学んできたことを企業に還元できる」という良さもあるように思いますね。
一つの企業のなかにいると見えないことがたくさんありますし、それまでとはまた違った人脈を得られ、キャリアの広がりが期待できるので、これから社会に出る人も出向や異動のチャンスがあるときには積極的に手を挙げてみることをおすすめします。

コミュニケーション姿勢や多角的な視点、おもしろがれる性格が強みに
2019年からは2度目の出向として、当社・ダイナミックマッププラットフォーム(DMP)にやってきました。DMPはもともと内閣府が推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の「自動運転(システムとサービスの拡張)」課題の一環として、高精度3次元地図の開発を目的として、2016年に設立された企業です。
三菱電機やゼンリンなど地図・測位・計測技術を有する6社、及び国内自動車メーカー10社で開発を進めていく、いわゆるオールジャパンの体制で発足したのですが、創業期ということもあって社内は慌ただしく、出向の翌年には求められる形で正式に転籍をすることになりました。
このお誘いも含め、これまでのキャリアを振り返ると、大変な局面にあるプロジェクトから「麻生を呼んでみよう」と声がかかることは比較的多い気がします。自分なりにその理由を考えてみると、Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)のすべてをしっかりやり遂げようという意識が強いことに加え、経験のないことも前向きに楽しめる、おもしろがることができる性格面も、いろいろなプロジェクトを振ってもらえる要因になっているのかなと思います。
プロジェクトのマネジメントにおいては、2つのことを大切にしています。
1つ目は、メンバー一人ひとりと密にコミュニケーションを取ること。仕事の能力やスキルだけでなく、性格やその人が今置かれている状況までしっかりと把握して、それぞれに最適な場所に入ってもらうことが、プロジェクトをうまく動かすには不可欠だと考えているためです。履歴書に書いてあるスキルだけではベストなアサインができないと考えており、これから社会に出る皆さんも「組織は必ずしも“スキル偏重”ではない」ということを知っておいて損はないかもしれません。
2つ目は、なるべく多角的な視点を持って物事を考えることです。開発側、ユーザー側、社内の人、社外の人など、事業を取り巻くステークホルダーそれぞれの視点から「何を実現することがベストか」を考えてコトを進めるようにしています。
視点を広げるうえで役立ったのが、読書の習慣です。自分が経験していないことを本の中で体験できるので、読むだけで多角的な視点を養うことにつながります。これまでは小説をたくさん読んできましたが、時勢を読んで物事を判断する立場になってからは、歴史系の書籍を読むことが増えました。世界の歴史は繰り返しで起こるものが多く、歴史を学んでから現代のニュースを見ると理解が深まる感覚があります。ビジネスにおいて教養を養っておいて損はなく、手軽に取り組める読書の習慣をつけることは非常におすすめです。
チャンスを得るには「人からの信頼とネットワーク」が必要
多くのプロジェクトでマネジメントを任せてもらってきましたが、生来、得意だったというわけではありません。周囲でリーダーに就いている人たちの姿勢から学んだことは多くあります。
一番直接的なきっかけは、入社3年目に新人のメンターとなり、一緒に成果論文を書く経験をしたことです。一緒に仕事をする相手に寄り添わなければ良いものづくりはできないと痛感し、以降、人とのかかわり方を深く考えて動くようになりました。
何より心掛けているのは、誰に対してもリスペクトの気持ちを持って対峙する姿勢です。発注者や指示する側になると偉くなった気分になる人もいますが、人と人の関係性は永遠に固定ではなく、次にどんな新しい関係が生まれるかわかりません。JAXA出向時代に外注先だった人が文部科学省に出向され、次に会ったときはお客様だった、なんて経験も何度かしてきました。
相手にとっても信頼に足る人間であろうと努めていると良い印象や記憶が残り、「またあの人と仕事がしたい」と思われる存在になることができる気がします。
過去のつながりからキャリアが広がることも往々にしてあるもので、一度かかわった人たちとの関係はできるだけ維持する努力をしておいて損はありません。以前仕事をした人たちの目に止まるよう自分の近況を発信しアップデートする習慣をつけておくと、さらにチャンスを得やすくなると思います。

大企業からベンチャー企業へ。段違いのスピード感と手応えを実感
当社には三菱電機の経営層も大勢出向してきているので、まったく新しい企業に来たという感覚はありませんが、大企業からベンチャー企業に来たことで多くの変化を体験できており、その意味で転職は2つ目のターニングポイントと言えるかと思います。
ベンチャー企業は事業の動き、意思決定、市場環境も含めて、スピード感が段違いです。中長期的には市場動向や技術動向を見極めながら意思決定をおこないますが、短期的な意思決定はスピーディーにやってビジネスを動かしていくことが求められます。
経営に携わるのも初挑戦ですし、2025年3月には東京証券取引所グロース市場への上場を果たし、上場フェーズも経験できました。新しいことにチャレンジができている充実感は非常に大きく、企業が目に見えて大きく成長していくステップを体感でき、合わせて自分の成長も感じられるというベンチャー企業ならではの醍醐味を味わえています。
一社目は超が付く大企業で、非常に多くの事業があり、事業本部が変われば別企業のような感覚でした。事業部間で損益が相殺されるので、「自分たちの仕事が企業の成長に直結している」という実感を味わうには、少し大きすぎる企業だったかなと思います(笑)。とはいえ、多くの経験をさせてもらい、成長させてもらえたという点は今も感謝しています。
「まず企業」ではなく「まず自分」からキャリアを考えてみよう
私たちが若かった頃に比べると、今の若い人たちはキャリアの選択肢が圧倒的に広がっています。情報へのアクセスもしやすくなっていますが、だからこそ「一社」を見つけるのが難しくキャリアに悩みがちになる、という側面はあるのかもしれません。
先に挙げた一人称の話と同様、企業研究も「まず企業から」ではなく「まず自分から」というスタンスを大切にしてみてください。情報収集をする前に「自分がどう進んでいきたいか」「どうキャリアを作っていきたいか」の大まかな絵を先に描いておきましょう。できる限り、将来ありたい姿や方向性のイメージを持っておけるとアンテナの感度が上がり、自分にとって必要な情報が入ってきやすくなると思います。
「大企業だから、優良企業だから安泰」という見方も、これからの時代はあまり当てにならないでしょう。社会情勢や市場が目まぐるしく変化しているので、現時点で調子の良い企業がこの先もずっと好調でいられる保証はありません。不確かなものに頼って就職先を決めようとするのではなく、間口を広く持っておき、あくまで自分がイメージするキャリアが実現できそうな環境がある企業を選ぶことをおすすめします。

キャリアの方向性がまったく見えない人は、学生のうちから早めに社会に触れておくのがおすすめです。中長期のインターンやアルバイトなど、できるだけ時間を掛けて内部を見せてもらえる機会を存分に活用し、社内の人たちの様子も見ながら「ここでこの人たちと一緒に何年も働けるだろうか?」と想像しながら実務を体験してみる。企業の風土が自分にマッチするか、ここで働く自分を想像してワクワクするかどうか、という観点も大切だと思います。
入社前にすべてを理解することは難しいですが、ファーストキャリアを選択する機会は一度しかないので、余裕をもって就活をスタートし、企業との出会いを楽しむつもりで臨んでみてほしいですね。
仕事には「社会に対して何かを実現できる喜び」がある
現在は60歳を過ぎ、同世代には退職者が増えてきました。最近も、世界一周を楽しんでいる友人たちに「旅行も体力がいるから、永遠にできるわけじゃないよ」と助言をもらったばかりです(笑)。海外旅行は好きですし、仕事を辞めて悠々自適に過ごすライフスタイルにも興味はあるのですが、求められることに応えるのが好きな自分の性格を鑑みるに、求めてもらえる以上は仕事をし続けるだろうなという思いもあります。
仕事が楽しいのは「社会に対して何かを実現している」という感触を味わえるからだと思います。クライアントや同僚と一緒に、未来の社会のビジョンやグランドデザインを共有して実現し、「クライアントによろこんでもらえた」「社会を少しでも変えられた」という手応えやフィードバックを得られる充実感があり、それを求めて今でも仕事を続けているように思いますね。結果として、いつの間にか仕事優先の人生を送っていたわけですが、今後も私のキャリアを活かせる機会があれば新しいことにチャレンジしたいという気持ちです。
ちなみにキャリアのブランクは一度だけあり、約10カ月の産休・育休を取得しました。復職後の数年間は、肉体的にも精神的にも、キャリアを通じて一番大変だった時期だったかもしれません。働く女性がまだまだ少なかった時代にこの局面を乗り越えられたのは、一人で抱え込まず周りに頼ったことが良かったように思いますね。信頼できるパートナーや友人がいてくれたからこそではありますが、同僚にも大変助けていただきました。
子どもは徐々に大きくなるので「今の大変な状況が永遠に続くわけじゃない」という俯瞰的な目線も意識していましたね。人生を少し長いスパンで考えてみれば、しんどい時期もキャリアを投げ出さずなんとか踏みとどまれると思いますし、究極的には、生きていれば何とかなっていくもの。キャリアで壁にぶつかったときにも、あまり思い詰め過ぎず「いずれ何とかなる」と思っておくことが大切だと思います。

取材・執筆:外山ゆひら
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