自分を知るには「苦手」を見ろ|「世の中を知る努力」がキャリアの選択肢を広げる

いえらぶGROUP 執行役員 山口 裕大さん
Yuta Yamaguchi・2010年に早稲田大学第一文学部を卒業後、スタートアップ企業の環境に惹かれて、当時設立2年目だった「いえらぶGROUP」に入社。社長秘書を数年間勤めたのち、新卒採用業務に携わるようになり、2016年管理本部人事部の設立にともない責任者に着任。以降はグループ全体の人事業務全般を管掌。近年はグループ会社である「いえらぶ琉球」の経営にも従事
目的を見失っていた学生時代。それでも働くことには前向きだった
高校生のときは、東京の大学に進学することを目標にして勉強に取り組んでいました。その努力の甲斐あって、卒業後は出身地の北陸を出て東京へ。しかし、上京すること自体を目的にして受験勉強を頑張ったので、東京に出た時点で目的を達成してしまったのです。目的がないと人間はラクなほうに流れてしまうもので、入学後はひたすら友達と遊んでいるような大学生活を過ごしました。
とはいえ、学内には目的意識を持って好きなことや学業に打ち込んでいる学生もいて、彼ら彼女らのことを羨望の眼差しで見てしまう瞬間も。「楽しいけれど、このままじゃあかんやろうな」というモヤモヤした気持ちはありましたね。
就職活動が近づく時期になると周囲の友人のなかには大学院進学を考える人もいましたが、徐々に遊ぶことにも飽きてストレスになり始めていたので、検討すらしませんでした。このまま大学院に進んだら、永遠に卒業できないモラトリアムの状態に陥ってしまいそうだなと思ったことを覚えています(笑)。
働くことに嫌悪感はなく就職には前向きだったものの、どんな仕事をやりたい、どんな職業に就きたい、といった方向性はまったく見えていませんでした。アルバイトもいくつかしていましたが、そこから特定の業界や企業に興味が生まれることもなかったので、「社会のことはほとんど何もわかっていないから、とりあえず一回全部見てみよう」というスタンスで、興味のない業界や会社の説明会にもガンガン出かけてみることにしました。
スタートアップに出会い「おもしろみ」を求める自分に気づいた
私が就活をしたのはリーマンショックの直後の時期で、新卒採用を絞っている会社もかなり多かったのですが、幸いにして、住宅関連の大手企業から内定をいただくことができました。仕事内容に興味があったというよりは、5社が合併して翌年から大きな会社になるとのことで、「新体制の新卒一期生になるのはおもしろそうだな」と興味を持ったのです。
内定をいただいてすぐに就活は終えたのですが、その後しばらくして大学の友人から「おもしろそうな会社を見つけたのだけれど、どのようなところかよくわからないので一緒に付いてきてくれないか」と頼まれ、名前も知らない会社に話を聞きに行きました。それが設立まもないスタートアップ企業だった当社・いえらぶです。
今であれば、スタートアップ企業の人たちの発信をSNSで知ってDMを送るなんてこともできますが、15年前のことで、まだまだ社会人と学生の接点は限られていた時代。リーマンショックの後で新卒を採用しているスタートアップ企業やベンチャー企業もほぼなかったので、当社との出会いによって、世の中にスタートアップ企業というものがあることを初めて知ったのです。
合併後の一期生ならゼロから新しいものを作れると思って住宅関連の会社の内定を受けていたわけですが、スタートアップ企業のように、もっと根っこからやれる、すべてをゼロから作っていける場所があるのか、と衝撃を受けました。小さな規模から成り上がっていくストーリーにも憧れがあり、友人ではなく私がいえらぶに入社したい、と強く思ってしまったのです。ここがキャリアにおける最大のターニングポイントです。

「自分はおもしろいと思えることに時間を使いたい人間であり、おもしろいと思えない仕事は続かなそうだな」と気づけたのも、当社と出会えたおかげです。自分で思っている以上に、その場のノリや楽しさに重きを置きがちな傾向があることを自覚しました。
リーマン不況の時期に、名前の知られた大手企業の内定を蹴ってスタートアップ企業に入るという選択について、両親からは特に何も言われませんでしたが、友人のなかには「おかしい」と言う人もいました。それでも、ほかならぬ自分が「スタートアップ企業で働くのはおもしろそうだ」と思ってしまったのだから、その直感を信じて入社しよう。そんなふうにしてファーストキャリアを選択しました。
「自分の弱点や苦手を知ること」はキャリア選択に役立つ
ファーストキャリアである当社で、現在も仕事をしているわけですが、「ここだ」と思える一社に出会えたのは、選り好みをせず視野を広げたからだと思っています。
企業研究の段階では、絶対に行かないだろうなと思うような会社の説明会にもガンガン足を運んでいました。「ここは多分違うだろうな。うん、やっぱり違う」というバツをバツにする確認作業に時間をかけたのですね。一度ちゃんと話を聞いてみると根拠を持って判断ができるので、納得感や確信が増します。自分には合わないと思う業界や会社でも、話を聞くこと自体は結構おもしろかったですし、いろいろな業界や企業を覗いたことで、客観的な自己理解を深めることもできました。
銀行に会社訪問をした際、OBの先輩にこんな問いかけをもらったことがあります。「君はこの後、自動販売機でジュースを買ってエレベーターに乗る。そこで20円のお釣りを取らずに来てしまったことに気づいたら、上の階に戻ってくるか?」と。私は迷わず絶対に戻りませんと答えました。すると先輩は、たった20円でも自分のお金に固執できないなら、一円単位で他人のお金を管理する金融機関の仕事は向いていないと思うよ、と言ったのです。
それまで自分は割とお金にきっちりしている人間だと思っていたのですが、意外とそうでもないのだなと気づき、先輩社員との対話を通じて「金融業界は向いていなそうだ」と心の底から納得することができました。
これはほんの一例ですが、自分は何が苦手なのか、どのくらい苦手なのかも含めて知っておくことは、入社時はもちろん配属先の希望を出すにあたっても参考材料になると思います。第一志望の企業を見つけることを、イコール「まあまあ好きなものから、特に好きなものを選ぶ」作業だと考えている人もいるかもしれませんが、「ここは違う、ここも違う」とバツをつけていく消去法でも、最後の一社を見つけていくことは可能です。

自分の頭で考える機会が多いほど人は成長できる
キャリアにおける2つ目のターニングポイントは、入社1年目に社長秘書に抜擢されたことです。私が入社した当時は職種別採用ではなかったので、どんな仕事をするかもよくわかっていない状態で入社したのですが、どこへ行くにも社長と一緒という日々が始まりました。
右も左もわからない状態からスタートし、5〜6年ほど社長のそばで仕事をさせてもらいましたが、同年代の人たちはなかなかできないような刺激的な経験をさせてもらい、結果的に非常に有意義な時間を過ごせたと感じています。
何より良かったと思うのは、どんな問題に対しても自分の頭で考える癖が付いたことです。たとえば、新幹線で出張中に隣席でPCで仕事をしていると、社長は何気なく「今こういう課題があるんだけど、山口はどう思う?」と意見を求めてくるのです。当時の自分に経営目線などあるわけもなく、聞かれたことの半分も理解できていない状況でしたが、自分なりに必死に考えて意見を返していました。
社長はいつも「なるほどね」くらいの軽い返事で、返答内容について評価や反論をされることはありませんでした。おそらく本気で私からの意見を必要としていたわけではなく、将来はこういう視座で物事を見ることが必要だよ、という未来図を見せてくれていたのだろうと理解しています。
ビジネスの力を付けたいならば、身の丈以上の環境に身を置くだけでは不十分で、自分の脳みそを使って考える習慣を付けることが重要。その意義に気づいた今は、社長のやり方にならい、自分が社員たちに未来図を見せてあげよう、ということを意識しながらマネジメント業務にあたっています。

苦手なことを完遂するためにも「自己理解」が重要
15年ほど働いてきて気づいたのは、私のキャリアの軸には「周りに求められていることをやりたい」という考えがあることです。独りよがりに自分がやりたいことをやって「役立たず」「余計なお世話」と思われるより、需要のあることをやって「助かった」と言われることを好む性格なのだと思います。
現在は人事部門を統括していますが、自分からこの分野を担いたいと思ったわけではありません。社長秘書をやりながら採用業務に携わるようになり、その後、会社の拡大にともなって正式に人事部が発足したタイミングで責任者を任されたので、「社内で需要がある役割を担った」という感覚です。
とはいえ、最初から何もかもうまくいったわけではありません。初めてマネジメントの立場を任せてもらったのは29歳の頃。最初に自分一人でマルチタスクに動くことを求められる秘書業務をやってしまったからかもしれませんが、何をするにも「部下に仕事を振る」ということができず、当初はありとあらゆる業務を自分で抱え込んでしまっていました。
当然ながらキャパシティオーバーになり、部署全体がうまく回らないのでフラストレーションは募る一方。頭では「部下に仕事を振れば良い」とわかっているのに、どうしても仕事を振ることができないのです。高所恐怖症と似たようなもので、確固たる根拠もなく感覚的な恐れや不安に囚われていました。
そして、にっちもさっちも行かなくなったある日、なかばあきらめの気持ちでどさっと部下に仕事を振ってみたところ、嘘のように仕事が回り始めました。「こんなふうに雑に振っても大丈夫なのか、皆ちゃんとやってくれるのか!」と気づかせてもらい、ようやく人に仕事を振ることの恐怖を払拭できたのです。
この経験によって「仕事を振らなければ人は育たない、仕事を振ることこそが本人の成長につながる」と思えるようになりました。考え方を大きく変えられたという点で、この経験がキャリアにおける3つ目のターニングポイントだと認識しています。
今でも仕事を振ることが得意ではないですし、自分で組織を作り上げていくセンスを持ち合わせておらず、マネジメントに向いていない自覚はあります。それでも当時よりメタ視点で自分を見られるようになり、自分という人間の扱い方を心得てきた感覚はありますね。「山口という奴はこういう人間なので、こういう仕組みやルールにすれば、強制的にこう動かせるはず」というふうに考え、仕組みや環境をつくることで、マネジメントしやすくしています。
スタートアップだった当社が大きくなる過程に貢献し続けたい

人事業務全般にかかわりつつ、ここ数年はグループ会社である「いえらぶ琉球」の経営にも携わっています。同社はコールセンターやWebマーケティング、HPデザインなどのアシストサポート事業を手掛けているグループ会社です。立ち上げ時に携わったのは人事採用のみでしたが、新型コロナウイルス感染症が流行した影響で人員が不足したり、できるかわからないリモートワークを試したりしているうちに、抜本的な立て直しが必要になり、山口に入ってほしいと打診をもらいました。
現在はいえらぶ琉球の業務を全般的に見ながら、本社ではグループ全体の人事や経営にもかかわっています。大変ではありますが、トラブルになっているところに顔を突っ込んでいって、マイナスをつぶしてプラスに持っていく、という役割には自分なりに適性を感じており、やりがいを持って働けています。
今でもやりたいことや夢はありませんが、スタートアップ企業である当社をどんどん大きくしていくことに醍醐味を見出して入社したので、そのためにやらなければならないこと、やったほうが良いことを意欲的に前に進めていくことが、これからのビジョンです。
市場の可能性や発展性を鑑みてもまだまだ大きくなれる会社だと思っていますし、会社のフェーズを前に進めていく過程に、どんな形であれ貢献していきたいです。人事部門の責任者としては、社員の増員と定着を図ることで安定化を進めていくことが使命と心得ています。
ロジックだけでは人は動かない。ファンを作れる人が活躍する時代
これからの時代に活躍すると思うのは、自分のファンを作れる人。サラリーマンにしても、一緒に働く人たちに「この人になら付いていこう」と思わせる力が必要な時代になってきていると感じます。
そのためには「ロジカルに説明できる力」と「感情に訴えかける能力」の両方が必要だと思います。人はロジックだけでは動いてくれないので、感情にも訴えかける力を持って周りを巻き込んでいける人になると、どのような組織でも活躍できるはず。感情だけで動いてくれる人は一部いるかもしれませんが、ロジックがないとビジネスではあまり良い結果にならないことが多いです。

私自身どちらでも働きかけられる人になりたいという思いを持っていますが、そのために心掛けているのは、火事場に首を突っ込むことです。状況が良いときや楽しいとき、平時には顔を出すけれど、面倒なことやトラブルが起きたときには出てこない、そういうタイプの人には付いていきたいとは思えませんよね。
できることが少なくても、社内でトラブルが起これば顔を出して協力しようという姿勢でいると「あのとき力になってくれたよね」と人の心に残り、ロジックを超える協力を得られる人間に成長できると思います。
仕事のスキルはやっていれば自然に身に付いてきますが、こうした人間性の部分は意識していなければ成長できないもの。AI(人工知能)が進化するほど、人の感情を動かせる人の価値は増す気がします。学生のうちからこのあたりを意識して行動していると、社会や組織から重宝される人間になれるのではないでしょうか。
私自身も就活生の頃はまったく思わなかったのですが、最近とみに「人間性を磨きたい、人として成長をしたい」と思うようになりました(笑)。組織のなかで良い仕事をしていくために、絶対に必要不可欠な要素であると気づいたからだと思います。
自分を信じすぎないこと。「何も知らない前提」で社会に出よう
最後になりますが、これから社会に出る人には、就活イコール「知らないことを知りにいく作業である」ととらえることをおすすめしたいです。
学生の方と話していると「自分が好きな会社や興味がある業界しか見ていない」という人がかなり多い印象を受けます。今のような売り手市場ではなかった私の学生時代ですら、そういう人は一定数いました。
しかし、好きなものしか見ないのは非常にもったいないことだと思います。いろいろと見てみたら、もっと好きなものに出会えるかもしれないし、知ったらおもしろいと思えるものが世の中にはそこらじゅうに転がっているからです。私にとってはそれがスタートアップ企業だったわけですが、人それぞれ、そういった発見や気づきが必ずあると思います。
興味のない業界や会社を見るのは、人によっては骨の折れることかもしれません。それでも、なんとなく社会をわかった気にならず「知りにいこう」という努力をするために、前提として自分は世の中のことをよく知らない人間なのだ、自分が無知だという自覚を持つことが必要です。

「そのつもりはなかったのに、若いうちに短期間に転職を繰り返してしまう」という現象も、同じカラクリではないかと思いますね。自分の好きなものや興味があるものしか見ていないから、そして自分の可能性や知見を信じすぎてしまうから、入社後に「この仕事は実はあまり好きではなかった」「この会社では自分は活躍できない」という思いを募らせてしまうのではないでしょうか。
できるかどうかわからないけれど飛び込んでみよう、というチャレンジは大いにすべきだと思いますが、「ここじゃない、あそこも違う」とネガティブな気持ちで転職を繰り返すことは、キャリアにも悪影響です。そうならないためにも「自分のことも会社のこともよくわからない」という前提に立って、とことん世の中を調べ尽くしてみる。その作業をしておくほど、満足のいくキャリアのスタートを切れるのではないかと思います。
今の時代はオンライン説明会などもたくさんあり、やろうと思えば一日に同じ業界の数社まとめて話を聞いてみる、なんてことも可能です。対面しかなかった昔に比べたら、企業研究も就活も相当ラクになっているので、ぜひ現代の恵まれた環境を存分に活用してご自身のキャリア選択に役立ててほしいなと思います。

取材・執筆:外山ゆひら
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