大企業=安定ではない。「裸の自分」と向き合うことで見えるキャリアの本質

いまでや 社外取締役 小島 雄一郎さん

いまでや 社外取締役 小島 雄一郎さん

立教大学法学部卒業。2007年に電通に新卒入社し3年間の営業経験の後プランナーに転向。その後、グッドデザイン賞を始めとして国内外のさまざまな賞を受賞する。2023年に電通を退社し、翌年いまでやの社外取締役に就任。以降現職

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「家に働いてもらう」。斬新な発想が生んだ「いまでや」との出会い

自宅の一階にいまでやの店舗を誘致したこと。これが私といまでやの出会いでした。

自分が家にいない時間も、家賃は発生し続ける。このことに、昔から「もったいない」と感じていました。そこで考え付いたのが「家に働いてもらう」こと。自分が家にいない間は誰かにレンタルをするなど、なんらかの手段で収入につなげられないかと考えたのです

賃貸物件はほかの人に又貸しができないので、おのずと選択肢は「一軒家を買う」の一択に。しかし都内に持ち家を持つのは容易なことではありません。お金もかかるし、できることも限られている。

そんななかでたどり着いたのが、一軒家を建て、自宅の一部を貸し出すことで「大家さん」になる方法。住居の1階を店舗に貸し出すことで、定期的に賃料が収入になるのであれば一軒家を建てることも現実的だと考えたのです。そうと決まってからの行動は早く、今回のアイデアの実現のためにすぐに土地を購入しました。

そして、次に考えなければならないのが「テナント選び」です。私は性格上、絶対に誘致した店舗に口を出してしまうと思ったので、不動産屋には任せず自ら入ってほしい店へアプローチすることにしました。そこで最初に企画書を送ったのが「いまでや」だったのです。

メールを送って2日後、いまでやから詳しく話を聞きたいとの連絡が。正直複数社にメールを送って、やっと1件返信をもらえるかというレベルだと思っていたので、うれしい誤算でした。

その後、何度かの打ち合わせを経て正式に我が家の一階にいまでやの店舗が入ることが決まりました。そこから日々のお酒の調達はいまでやで、店舗のスタッフと対話するのも日常になっていきました。

当初想像していた通り、次第にInstagramの投稿やPOPのデザインなどに口を出すようになり、最終的には商品開発にまでかかわるように。そして40歳という節目を迎えたころ、いまでやから「うちに来て働かない?」と打診されました。

もともと私は「新しいこと」には積極的に挑戦したいタイプ。当時勤めていた広告代理店でこのままキャリアを積み続けるべきか悩んでいたタイミングでもあったので、二つ返事でいまでやに行くことを決めました。

小島さんのキャリア変遷

入学後、即「つまらない」。授業に行かずバンドに明け暮れた日々

「新しいこと」への挑戦を大切にする心は、今振り返ると大学時代からあったような気がします。

当時は立教大学の法学部に通っていました。ロジックを組み立てていくような作業は好きだったので、法律や客観的事実を元に論理を構築する弁護士の仕事は自分に向いているかもと思ったのです。

違和感を覚えたのは、入学してすぐのこと。法学部は何もかもが過去の判例にならって決まる、いわば前例がすべての世界。自分のなかの「新しいことがしたい」気持ちと食い違っていると感じたのです

そこからは授業にはほとんど出ずにサークルに明け暮れました。バンドサークルに所属していたのですが、よくある「学園祭で有名バンドのコピーをして終わり」ではなく、「ライブハウスでオリジナル曲だけを演奏」というかなり外向きの活動が中心でした。これが自分のなかの「新しいことがしたい」という感情とマッチしていたのです。

大学のほうは幸いあまり出席を取らず、テストさえパスすれば単位が出る授業が多かったので、いかに効率的に単位を取るかだけに集中しました。

もちろん、大前提として授業には出るべきです。一方で、他人に強制されて目的もなくやりたくないことをやるのでは、本当に身になる学びは得られないとも思っています

理想の学び方とは、自分が心の底から楽しいと思えることをやること。自然とモチベーションが湧くようなことを見つけて、未知の領域を「攻略」するような感覚で学ぶことが何より大切だと思います。

小島さんからのメッセージ

しつこすぎておもしろい。一人のOBからもらった意外なフィードバック

「新しいことがしたい」という気持ちに従いサークルに明け暮れた学生生活でしたが、この軸は就活においても変わりませんでした。新しいことができるといえば「広告業界」。おしゃれでかっこいいイメージもあったので、志望業界は即決でした。

広告業界は当時電通と博報堂の二大巨頭。自然とこの2社を志すようになりましたが、正直私の通っていた立教大学からこれらの企業に入社するのは難しいのが実情。そこで私は、とにかく広告代理店のOB訪問を繰り返しました。

今でこそ就活の王道となりつつあるOB訪問ですが、私が就活をしていた時代はそこまでメジャーではなく、やらない人のほうが多かったです。でも、本で読むだけでは実際の働き方は見えてこない。そうすると志望動機の解像度も上がらないですよね。企業や業界の理解を深めるためにも、まずOB訪問から始めるべきだと考えたのです。

OB訪問では、おおよそ20人以上の人に会ったと思います。当時は今のようにネットも発展していなかったので、最初は電話とメールでひたすら打診。そこからは数珠つなぎに人から人に紹介してもらい、とにかくいろんな人の話を聞きました。

OB訪問を繰り返すなかで特に印象的だったのが、ある一人のOBからの言葉です。その人は電通ではなかったのですが、自己PRをはじめとして履歴書の細部に至るまで懇切丁寧に添削をしてくれました。直接話も聞きましたし、メールでは合計10ラリー以上やり取りをしたと思います。

電通に入社が決まった後にその人と話す機会があったのですが、その際に「メールがとにかくしつこくておもしろかった。こんな人はなかなかいない」と言われたのです。大体の学生は「こうしたほうが良いと思うよ」とアドバイスをしたら、そこで終わり。そこから「これならどうですか?」と何度も食い下がってくる人はめずらしく、印象に残ったようです。

正直、私としては、「無料でやってくれてるんだからとことん付き合ってもらおう」くらいに思っていたので、こんなところを評価してもらえることもあるんだと驚いたことを今でも覚えています。ただ、社会人となった今振り返ると成果のために貪欲でいる姿勢というのは働くうえで重要な資質の一つですから、そこを評価されていたのかもしれないですね。

初めはスモールステップで良い。小さな行動の積み重ねが行動力の肥やし

いまでや 社外取締役 小島 雄一郎さん

こういった話をすると周囲からよく「行動力がある」と言われますが、私自身は自分が特別大きな行動力を持っていると感じたことはありません。

学生でバックパッカーでアフリカ行ってます、といった人が大きな行動力のある人。私は電話したり、メールしたりといった誰にでもできる小さな行動を積み重ねているだけです。

一見難しいように見えるかもしれませんが、実はほんの少しの勇気を出すだけでできることがほとんど。もちろん、失敗して傷ついたり、恥ずかしい思いをしたりというのは当然あると思います。でも、それはほんの一瞬のことでしょう。結果として得られるもののほうがずっとずっと大きいのです。

ただ、そうは言っても実際マインドを切り替えるのは簡単ではないと思います。そこでおすすめしたいのが、「小さな成功体験」を積み重ねること。どんなに些細なことでも良いので、小さな勇気を出した結果うまくいったというような成功体験を持つことが重要です。

たとえば昔からちょっと気になってたけど入りづらくていつもスルーしている店に勇気を出して行ってみる。そこが思いがけず良いお店で常連になったりしたら、それは一つの成功体験ですよね。ほかにも、たまに見かける何が出てくるかわからない「?」の模様の自販機に思い切ってチャレンジしてみるのもおもしろいかもしれません(笑)。

挑戦した結果失敗しても、後から振り返れば全部笑い話になります。普段生活を送るなかでの些細な挑戦を習慣化すること。そして、小さな成功体験を積み重ねること。そうすることで、次第に周囲の言うような「行動力」が育まれていくのだと思います。

小島さんの考える行動力を育む方法

「論理を持たない」という論理。変化のない環境はつまらない

OB訪問を熱心におこなった甲斐があり、新卒で電通に入社することができました。広告業界に入れたからには作り手に回りたい気持ちも大きかったのですが、当時は「美大出身でもない自分にプランナーはできない」という思い込みがあり、最終的に営業職へ進むことに。

そこから入社してしばらく経ち、社内のプランナーと交流するうちに「自分でもできるのでは」と思い、プランナーに転向しました。

実際にやってみてわかったのが、プランナーの武器は「言葉」と「論理」だということ。アーティストではないので、デザインよりも「どうすれば顧客に刺さるか」というのを論理立てて考えていく仕事だというのを実感しました。それが自分のやりたいことと合致していたのです。

一方で、働くうえでは「論理を持たない」という論理を大切にしていました。一見先ほどの話と矛盾するようですが、特定の論理に基づいて仕事をしてしまうとどうしても同じことの繰り返しになってしまう。それでは革新的でおもしろいアイデアは生まれないですよね。広告を作るうえでは、ある種の「飽きっぽさ」とも言えるような、特定の論理に固執しないことが一つのポリシーだったかもしれません。

この論理はなにも広告だけではなく、私のキャリア観にも通じています。電通からいまでやに移ったのも、ずっと電通で働き続ける自分は想像できなかったから。同じような人と、同じような環境で働き続ける。これでは自分の幅がどんどんと狭まっていくような、もっと端的に言えば「つまらなくなる」と思ったのです。

それに加えて、40代というのはさまざまな経験を経て、一番脂がのっている時期。貴重な40代の時間を余すことなくアウトプットに使いたいと思っていたのも電通を離れた理由の一つです。

大きな企業で働いていると、どうしても管理職へのステップアップが求められるなど現場で働き続けるのは難しい。もっと自由にアウトプットをしたいという自分の「プレイヤー志向」を満たすためにも、「いまでや」への転身は必然だったと感じています

本質的な安定をつかむカギは「裸の自分」になること

せっかく頑張って入社した大手企業を辞めるなんて、「安定」を手放しているように思われるかもしれません。しかし、私の考えではむしろ逆。目まぐるしく変化する現代社会においては、どんな大手企業もある日突然倒産するリスクがあります。

そんなときに自分を守ってくれるのは企業の看板ではなく、自らの「スキル」。さまざまな環境を経験し、どんなところでもやっていけるスキルを身に付けることこそが本質的な安定と言えるのではないでしょうか。

小島さんの考える本質的な安定

とは言え、一度手に入れた「一見安定している」環境を手放すのは簡単ではないと思います。そこでおすすめしたいのが、あえて守られていない状況に身を置く、言い換えると「裸の自分」になってみることです

何かの陰に隠れたり守られたりしていない、安心できない状態で、自ら考え行動する習慣をつける。そうすることで、目の前に選択肢が現れたとき「本当に自分が選ぶべきもの、するべきことは何か」を考える視点が養われます。

たとえば、今すぐできるのが「SNSをすべて実名にする」こと。「実名でSNSなんてマズいのでは……」と思うかもしれません。でも私なんて自分の名前はもちろん、自宅の一階を店舗にしていますから住所まで全世界に公開しています(笑)。

匿名だと、ついつい無責任に文句を言ってしまいがち。でも、実名であれば発言に当事者意識が芽生え、何事も「自分事化」して考えるようになりますよね。

また、キャリアに悩んだときは、一度副業をおこなってみるのも良いでしょう。企業という後ろ盾のない丸裸の状況で一からお金を稼いでみる。そうすることで、今の自分に足りないものが見つかったり、逆に一人でもやっていける自信が得られるかもしれません。

まずは匿名性や企業の看板といった自分を守るものを取っ払ってみる。そうして「裸になった自分」と向き合い思考することが、「本質的な安定」をつかむカギになると思います。

キャリアに決まった形はありません。今のあなただから選ぶべき、ベストな選択肢を探し続けるつもりで一歩踏み出してみてください。きっとその先に、あなたが本当に必要としている「安心して歩み続けることができる道」があるのだと思います。

小島さんが贈るキャリア指針

取材:瀧ヶ平史織
執筆:高井郁実

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