叱責を成長の原動力に|泥臭い経験のなかにこそ真の力が宿る

マルワ 専務取締役 鳥原 裕史さん
Yuji Torihara・京都外国語大学からイタリアへの短期留学を経て、人材会社へ就職。スーパーバイザーや支店長を経験する。30歳で家業である印刷会社、マルワに転職。その後専務取締役に就任し、以降現職
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まだ見ぬ価値観との触れ合いが自分の世界を広げる
家業は印刷会社。「いつかは事業承継することも考えてほしい」と言われた記憶がありますが、それほど強く言われていたわけではありません。比較的自由に進路を選び、外国語学部でイタリア語を勉強し、現地に留学もしました。
イタリア人はそれまでに出会ったことのない人たちで、思ったことをすべて口にします。最初はそんなコミュニケーションに戸惑っていましたが、そのうち自分も思いを吐き出すようになりました。後から「なんで言わなかったんだろう」と悩むことがなくなり、コミュニケーションにおける後悔も減りましたね。
帰国後は就職活動をして、特にこだわりもなく内定した人材派遣会社に就職しました。先のことなんて、ほとんど考えていなかったと思います。「営業職ならできるだろう」というだけで面接を受け、入社時になんの営業をするのかもわかっていなかったくらいですから。しかしそんな甘い気持ちは、入社後すぐに打ち砕かれました。
人材派遣や業務委託の仕事は、たとえば家電量販店の販売員を派遣や管理することもあるのですが、販売員さんたちのなかには、今まで自分が接したことがないようなタイプの人も多くいました。きちんと時間通りに動けない、意欲がない、人のせいにする……。なんとかしっかりと働いてもらいたいのに、なかなか意思疎通が難しいことが多かったのです。しかも年上のスタッフも多かったので、どう伝えれば良いのか悩みましたね。
しかしコミュニケーションを重ねていくうちに、スタッフと管理者という枠を離れて、人間として尊重することが大切だと気づきました。注意や管理ばかりではなく、相手のできたことを認め、思いを聞き、人生の先輩として時には頼ってみる。そうやって人同士として距離を縮めるコミュニケーションを重ねることで、ようやく良い関係が築かれ、仕事も円滑に回るようになっていきました。
外国でも国内でも、自分の常識とは違う世界で生きている人はたくさんいます。そのことを忘れず、柔軟に受け入れてほしいです。自分がガードを解いて新しい価値観を受け入れることで、きっともっと上手くやり取りできるようになり、視野も一層広がるでしょう。

「叱られた経験」が自分を形作る財産になった
人材派遣会社では少しずつ実績を積み上げ、入社3年目に支店長に抜擢され営業所を立ち上げる経験をしました。その後大きな拠点の支店長になり、人材派遣会社では順風満帆だったと思います。しかし転勤などの打診があり、「ここで辞めなかったら家業に戻ることはなくなる」と思い、実家に戻ることにしたのです。
実家の家業は、従業員30人ほどの決して大きくない印刷会社。正直、「簡単な仕事だろう」と舐めてかかっていたところがありました。前職の派遣会社で、大人数のスタッフや部下を抱えながらもそれなりの売上を作っていたことで、すっかり気が大きくなっていたのでしょう。そんな中途半端な気持ちで取り組んだので、当然ミスを繰り返し、お客様を困らせ、周りの社員皆から眉をひそめられるような行動ばかりしてしまいました。
派遣会社であれば、“人”という複雑な商品・サービスだから誤魔化せたようなことが、印刷という“物”では通用しません。目の前のミスや不具合は、言い逃れできないシビアな世界だということがわかっていなかったのですね。
そんな適当な仕事ぶりだった自分が変わったのは、ある出張での出来事がきっかけでした。遠方に前泊で出張した際、翌朝からの勉強会が控えているのに、交流会に参加したのです。どちらもビジネスにつながる会ではあったものの、より重要な翌日の予定があるにもかかわらず飲酒し、結果翌日遅刻してしまいました。
この時、勉強会を取り仕切る偉い方から非常に厳しく叱責されました。それですっかり目が覚めて、それまでの態度や仕事ぶりも素直に反省することができたのです。

なんとなく上手くやり過ごせば良いとか、そんなに力を入れずに割り切ってやるとか、そんなスタンスで仕事をこなそうと思う人もいるかもしれません。「仕事は人生じゃない」という考えもわからないではありません。でも、真剣にやっている人のなかで適当に取り組んでいたら、すぐにバレます。自分の姿勢はいつも省みるべきです。そして中途半端な気持ちは捨てましょう。
また叱責を受けるなかで言われたことも、身に沁みました。「怒られるのは、今より育ってほしいから。褒めるだけなのは、それ以上を期待されていないから」という言葉です。“言われるうちが花”などと言いますが、まさにその通りですよね。
あなたがもし親や先生、あるいは上司から叱責されたり、叱咤激励されたりすることがあるなら、それはあなたがより良く成長することを期待しているからです。期待しない人にわざわざ注意することなどあり得ません。褒められることはうれしいことですが、「いつでもただ褒めておけば良い」と、適当にあしらわれている可能性もあります(笑)。反感を抱く瞬間はあるかもしれませんが、時間をおいてでも受け止められるマインドを持ちましょう。

この経験を社長である父に話したら「社長になる前に叱ってもらえて良かったな」と、少しうれしそうでした。年を重ね、立場や地位が上がるにつれて、きちんと注意してもらえる機会は減っていきます。父も2代目の社長として似たような経験を重ねてきたからこそ、その言葉が出たのでしょう。
注意を受けた時ほど、自分は期待されているのだと考え直してみてください。叱咤の言葉が、自分を導いてくれる金言になるかもしれません。
「権利」は「責任」についてくる

それからは、相手のことを何よりも先に考えられるようになりました。お客さまはどう考えるのか、部下やスタッフはどう思っているのか、取引先はどうなのか──。まずそこにフォーカスすれば、自ずとやるべきことが見えてきます。
レスポンスは素早く、不安をフォローし、適切なコミュニケーションを選ぶ。そうやって少しずつ、信頼を回復していきました。ようやくやるべきことをやれるようになったのです。
やるべきことができて、与えられた役割を果たせたうえで、やっと自分の権利を主張できるようになると思います。近年では新入社員であっても、堂々と権利を主張している人が多く、それは素晴らしいことです。しかし、権利を主張するばかりで義務を果たせていなければ、どちらにせよ希望はかなわないでしょう。求められることをクリアできるようになって、初めてそこに権利が付随してくるということは忘れないでほしいですね。
泥臭くスマートでない仕事ができる人にこそ活躍のチャンスは訪れる
もう一つ、若い人を見ていると思うことがあります。それは、みんなスマートで賢いということ。情報収集、活用、コミュニケーション、どれをとってもそつなくこなしていて、洗練されています。だからこそ、小手先の賢さ・スマートさだけでなく、泥臭く努力できる人がさらに評価されるのではないでしょうか。
まずはぶつかってみるとか、全力でやってみるとか、できそうもなくても力技でやり切るとか、そんな「スマートさ」を捨てたムーブができる人は、きっと必要とされます。まずは大きな声でハキハキと話してみるところから、ぜひ泥臭い仕事を始めてください。
どこにでもチャンスは見出せる。チャレンジの姿勢を持ち続けよう
私が携わっている印刷業は、いわゆる斜陽と呼ばれる産業でしょう。会社としてはサービスの裾野を大きく広げ、デジタルや広告代理店のような事業も追加しながら頑張っていますが、印刷業自体は今後大きく成長することはないと思います。
でも、斜陽産業だからこそ、チャンスもあると感じます。業界が大きく成長しないとなれば、新規の参入は少なくなります。それまでの信頼を持つ企業は、その基盤を武器に、より選ばれる会社になることもできると思うのです。

「やってみたいけど、成長が期待できない業界だから」と尻込みしている人は、ぜひ実績があり、事業を守り抜こうとしている会社を探してください。きっと新たな成長を目指すのと同じ、いやさらに大きい熱量で事業を生き残らせようと尽力しているはずです。
私も紙/印刷の文化を絶やさぬために、ここだけは守りながら会社を支えていきたいと考えています。やってみたいことに蓋をせず、ぜひチャレンジしてみてくださいね。

取材・執筆:鈴木満優子
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