未知への挑戦が己の幅を広げる|アウェイに飛び込み続けてきたキャリア

SHIFT AI 執行役員COO 松田 栄樹さん

SHIFT AI 執行役員COO 松田 栄樹さん

Yoshiki Matsuda・USENに新卒入社後、3年目より管理職として業績と人材管理を中心としたマネジメントに従事。西日本エリアを中心に組織管理の要職を歴任。その後ミスミグループ本社、ベアーズ、メルカリ、LIFULL、マーケットエンタープライズにて事業立ち上げや複数事業の統括、執行役員などを経験。2025年の9月よりSHIFT AIの執行役員COOに就任し、以降現職

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人に変化を与えられる存在になりたい。原点は恩師の背中だった

学生時代の夢は、小学校の先生でした。小学校高学年のときの担任に憧れたことがきっかけです。

まさに原点と言える体験だったのは、水泳の授業。なぜか水泳だけ不得意だった私は、授業前になると必ず頭が痛くなるくらいプールの授業が嫌いでした。仮病を疑われたこともありましたが、本当に頭が割れるように痛かったのです。

そんな生徒にも強制的に練習をさせるのが当時の「普通」。しかし担任は決して強制はせず、放課後に泳げない人たちだけを集め、自由に過ごさせるなかで少しずつ泳ぎのコツを教えてくれました。

すると次第に頭痛もなくなり、ほかの人よりも早く泳げるように。最終的には水泳大会に出場するまでに成長しました。人の根幹を育む小学校の教師として児童に寄り添い、人に変化をもたらせる存在になりたい。そう考えたのが小学校の教員を志したきっかけです。

ただ、現実はうまくいきません。小学校の教員免許が取れる第一志望の大学に落ちてしまい、進学した大学では中学・高校の教員免許しか取得することができなかったのです。

このまま本来の希望とは違う道に進むべきなのか──。葛藤の末、就活で今一度キャリアを考え直すことにしました。そこで挑戦したいと思ったのが営業です。もともと極度の人見知りで、初対面の人と話すのは大の苦手。ただ、社会人として苦手は克服すべきだと考えていました。営業になれば嫌でもほかの人と話すので、強制的に克服できるのではないかと思ったのです。

最初から一生営業でいこうと思っていたのではなく、「ひとまず3年徹底的にやる」ということだけ決めていました。そのうえで、せっかくやるならより営業力がつくような企業に行きたい。そこで入社先として選んだのが、営業の猛者が集まると言われたUSENでした。

3年で管理職に就任。がむしゃらに働いた若手時代

松田さんのキャリア変遷

それからの日々は想像以上に刺激的でした。当時のUSENは典型的な営業会社で、数字が絶対の世界。結果が出なければ深夜まで働くこともありました。今振り返っても一番ハードに働いた時期だったと思います。

ただ、それを嫌だと感じたことはありません。元々負けず嫌いで、上を目指す気持ちが人一倍強いタイプ。やる以上は結果を出して、とにかく早く上に行きたいと思っていたので、ハードワークも苦になりませんでした

がむしゃらに働いた甲斐あって、入社2年目には支店長代理というポジションをいただきました。この年齢で支店長になるのは前代未聞だったらしく、まずは代理という形で経験を積むことに。それでも3年目には、晴れて支店長に就任することができました。

何が正しいかも十分に教わらないまま管理職に就くことは、不安もありました。ただここで若くして管理職に就けたからこそ、その後のキャリアが開けたのだと思っています。社会人になってからのキャリアは、最初の数年間でどれだけ挑戦し、どれだけ経験を積めるかが勝負。だからこそ、若いうちから挑戦できる文化があるか、自分を鍛えられるような環境があるかは重要なポイントだと思いますね。

今までのやり方では通用しない。マネジメントで直面した大きな壁

SHIFT AI 執行役員COO 松田 栄樹さん

支店長就任当初は、部下にもハードな働き方を求めて厳しいマネジメントをしていました。

私自身特別なバックボーンを持っていたわけではなく、やるべきことを一生懸命やってきただけ。それで結果が出ていたので、「やるべきことを普通にやっていれば結果は出るはず」「数字が出ない人はちゃんと仕事をしていないだけ」と考えていたのです。

しかしそうしたマネジメントを続けた結果、新卒の定着率が低い、退職者が増えるといった問題が頻発するように。今のままではまずいと危機感を抱くようになりました。

そこからは方針を大きく変え、数字が出ていない人には営業同行をして成長をサポートしたり、能力や適性に合わせた売上目標を設定したりと、数字だけを見るのではなくプロセスにも着目するマネジメントに舵を切ったのです

もちろん、自分を変えることは簡単なことではありません。いろいろな本を読み漁り、欠けているものは何か考え抜いたうえで、日々のマネジメントに少しずつ落とし込んでいきました。今では周囲から「怒ったところを見たことがない」と言われるほどです。当時の部下の皆さんには心から申し訳ないと思っていますが、この経験があったからこそ、厳しさだけでは人は動かない、個々人の可能性を最大化させる仕組みづくりが重要なのだということを深く理解できました

松田さんが取り組んだ改革

楽な道より幅が広がる道を選ぼう

そこから39歳まで、USENでは幅広い経験を積ませていただきました。キャリアに不満があったことは一度もありません。ただ、40歳手前にしてふと「このままで良いのだろうか」とも考えるようになりました。

当時有線放送の業界は非常に閉じられていて、大手企業は自社ともう1社のみ。限られた市場のなかでは結果を出してこれたものの、もっと広い市場に出たとき、自分のビジネススキルは通用しないのではないかと考えるようになったのです。

特に欠けていたのは、経営者目線です。マネジメントを変えようと読んだ本の一冊に、ミスミグループの会長が書いた経営論の本がありました。そこで語られていた経営論は、自分がまったく知らない世界ばかり。真の経営とは、財務や市場分析、戦略などもっと広くて深い視点が必要なのだと気づき、衝撃を受けました。やはり外の世界を見て、もっと幅広い経験を積みたい。そんなとき声をかけてもらったのが、2社目となるミスミグループでした。

愛読書の著者が率いる企業に声を掛けてもらえたのは、きっと何かの巡り合わせだろう。そう信じて、キャリアチェンジすることに決めたのです。

それ以降はより大きな裁量を求めてベアーズ、メルカリ、LIFULLなどさまざまな企業に身を置きながら新規事業の立ち上げなどにもかかわってきました。そのなかで心掛けていたのは、あえて自分が知らない業界に飛び込んでみること。

当然、未経験の分野で一からスタートするのはきついです。知見のある業界に行くほうがはるかに楽ですし、結果が出るのも早いでしょう。

それでも未経験の業界を選んだのは、自分の幅を広げるため。新しい知識をインプットすると、その分できることが増えて、いろいろな人の役に立てます。また多角的な視点から判断できるため、何事も失敗しづらくなるのです。メルカリなどで手掛けた新規事業に大きな失敗がなかったのも、幅広い経験を積んできたおかげだと思っています。

松田さんのキャリアの軸

これから社会に出るみなさんも、まずは幅広い経験を積んでみる、ということを意識してほしいです。もちろん得意な分野をとことん突き詰めたい人はそれもありだと思います。ただ変化の大きい時代、やはり幅広く経験を積んでいたほうが有利になる場面はたくさんあるでしょう。

たとえば将来マーケティングを志望する場合でも、直接顧客と接する役割を経験しておくと、よりユーザーの考えを理解した精度の高い施策を打てるようになります。だからこそ、もしさまざまな職種にチャレンジできる環境があるなら、ぜひ挑戦してみてほしいと思います。

松田さんからのメッセージ

役割が人を育てる。小さなことでも裁量を持つ経験をしよう

振り返ると、キャリアを通じて本当に多様な経験を積ませていただきました。これほどまでに充実したキャリアを歩んでこれたのは、若いうちから裁量権を持つ機会に恵まれてきたから。だからこそ、これから社会という荒波に出ていく人たちには、小さくても良いのでぜひ「自分が何かに対して責任を持って進める」という経験をしてみてほしいです。

「責任者なんて気が引ける」「自分に務まるのか自信がない」という人もいるかもしれません。私自身入社3年目で管理職になったころは右も左もわからない状態で、戸惑うことも多くありました。それでも役割が与えられている以上、責任を持って進めていかねばならない。そういった強い当事者意識が自分を大きく成長させてくれました。

裁量を持って意思決定しなければならない立場に就くと、本来の実力以上にいろいろ考えたり、情報を取りに行ったりするはずです。それこそが、大きな成長につながるのではないでしょうか。まずは小さな一歩でかまいません。ぜひ自分の手で決め、それを実現していく経験を積んでほしいと思います。

松田さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:久保鞠奈

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