「知らない」を放置せず世の中の流れをつかめ|キャリアの第一歩は「やりがい」の言語化から

ダイキチ 代表取締役社長 小田 吉彦さん

ダイキチ 代表取締役社長 小田 吉彦さん

Yoshihiko Oda・家業での営業経験から不動産営業を経てダイキチへ入社。当時の新規事業であるアートフラワー(造花)のレンタル事業部長として成果を上げ、1996年には事業部を法人化しベレーロの取締役営業部長に就任。1999年にはビルメンテナンス事業の営業部長に抜擢され、営業手法を刷新し業績をV字回復させる。2002年には事業部を法人化しダイキチカバーオール設立と同時に代表取締役社長に就任。2021年6月に親会社であるダイキチとの合併にともない代表取締役社長に就任、以降現職

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仕事=社長になること。経営者の道を歩いた学生時代

幼い頃から、将来について「一会社員として働く」イメージを持ててはいませんでした。働くならば、社長として。それは父親や祖父、親戚など、周囲に経営者として働く人が多く、また父親からは「将来兄と2人で会社を継いでほしい」という話をされていたことが大いに影響しています

だからといって、学生の頃から社長という目標一本で行動してきたわけではありません。どちらかというと「やりたい!」と思ったことには何でもチャレンジしていました。小学校3年生から卒業するまでは柔道、中学校ではサッカー、高校は剣道。我ながら熱しやすいタイプなのだなと思います。

本格的に家業を継ぐ準備を始めたのは、18歳の頃。現場を知るための修行という名目で、家業である土建会社で働き始めました。道路舗装の仕事をしていて、おもに公共事業を請け負う会社です。つまり、相手にするのは市役所や企業局、国土交通省。そこへ営業にいき、仕事を取ってくる経験を積みました。

営業の醍醐味や楽しさを覚えたのは、この時期です。20歳頃までそこで働いていましたが、契約が取れるようになると一度の仕事で6,000~8,000万程の大きな資金が動きます。責任は重大でしたが、自分の仕事に大きなやりがいと達成感を得ながら働くことができました。

小田さんのキャリア変遷

実家を飛び出し新たなフィールドへ。時代の変わり目を見る

順調にいけば、そのまま経験を積んで家業を継ぐ予定でした。しかし23歳の頃、どうしても家族と折り合いがつかず実家を飛び出してしまったのです。

家業を継ぐために高校を中退していたので、学歴もなければ頼れるものもない状態。単身で飛び込んだのが不動産会社でした。

そこでの仕事は土地を持つオーナーに営業をし、「うちの会社で売らせてください」という専任契約を取りに行くこと。不動産会社にとって土地は商材そのものなので、これがなければそもそも売上が立ちません。どの不動産会社も専任契約を取りたがっているので、いち早く土地を見つけて営業をかけていくことが必須でした。

今のようにインターネットを使って情報を手に入れることはできないので、住宅地図を片手に売りに出そうな土地を見つけたら手当たり次第営業に行く毎日。断られても何度も何度も通いつめ、まさに足を使って稼ぐ日々でした。

大変ながらも充実はしていたのですが、当時はバブル景気の真っただ中。土地を売りに出せばほぼ確実に売れますし、その値段も日ごとに吊り上がっていきます。一方で、国は景気を抑えるために金利をどんどん引き上げていく。営業としてこの様子を目の前で見ていれば、社会の、経済の動き方が異常であることは一目瞭然でした。

このままでは借金をして家や土地を買う人の利息が急速に増えていき、利息を払うのに精一杯で誰もローンを払えなくなるのでは? こんなおかしなことがいつまでも続くとは思えない。そのうち、土地の価格が大暴落し始めるのではないか──。そんな懸念を抱き、いつか時代が大きな変革期を迎えることをぼんやりと予見していました。

不動産業だけでなく、もっと安定的に給料が入ってくる仕事をしたほうが良い。そう考えたのが25歳のときで、ちょうどその頃に現在のダイキチの会長である松井と出会いました。

「経営者になってほしい」。営業からつながったダイキチとの縁

ダイキチ 代表取締役社長 小田 吉彦さん

松井と出会った頃の私は、大口の契約を取り付けようと奔走している真っただ中でした。ある社長に営業をかけて盛り上がっていたものの成約にはつながらず、次に声をかけたのが松井だったのです。

これでだめだったら撤退しよう。そう思いながらも粘り強く電話をかけてコンタクトを取り続けていたところ、次第に距離が縮まっていき「そんなに言うなら一度会おう」と松井とコンタクトを取ることができました。

それからは次第に関係性が変わっていき、気づけば「ダイキチに来ないか」と誘われるように。

不動産の提案をするなかで営業力を買っていただいた。今思い返してもこんなに熱い期待をかけてもらえていたことに恐縮する思いです。ただ、そんな言葉をかけられながらも、なかなか踏ん切りがつかずに返事を渋っていました。

決心がついたのは、ふと松井にかけられた「誰かに商売を教わったことがあるのか?」という問いがきっかけです。

当時の私は、高校を卒業していないことによる学歴の差を埋めようと、仕事のかたわらでたくさんの本を読んでいました。経営にかかわる書籍、自己啓発本、伝記、果ては週刊新聞も読み、最新のニュースを頭に入れて世の中の様子をつかむ毎日。月30冊くらいは本を読んでいましたね。

知識をつけてお金を稼げるようになりたいと思いながらも、商売について誰かに直接教えてもらった経験はありませんでした。商売について教えよう、なんて言ってもらったのは初めてだ。そう思ったのが、ダイキチへの入社を決めたきっかけです。

アイデアの種は「知らない」を放置しないことから見つける

ダイキチに入社して最初に任されたのは、フラワー事業。新規事業として立ち上げられた造花を扱う部門で、いきなり事業部長に抜擢されました。

とはいえ、やることはこれまでと変わらず営業です。飛び込み営業をして、「うちの造花を店に置いてくれないか」と打診し、売上につなげるのが仕事でした。営業ならば得意分野だったのですが、ここで突き当たったのが「単価の低さ」という壁

不動産は単価が高いので1件売れば大きな売り上げになりますが、造花はそうではありません。となれば、とにかく数を増やさなければいけないわけです。そこで思いついたのが、学生のアルバイトを雇うこと。長期休み中の学生に声をかけ、毎日13~17時の間造花のサンプルをできるだけ多くの店に置いてもらいました。その後1週間ほどしてから私が直接店舗に伺い、1週間サンプルを置いてみてどうだったかなどをヒアリングしながら成約につなげる流れです。

ダイキチが立ち上げる事業の一環だったので、一からの起業とは違い資金はあります。学生にも当時としては高めの時給を支払うことができたので、多くの学生が集まり想像以上にたくさんのサンプルを置くことができました。そのようにして月100件ほど安定して契約を取れるようになっていったのです。

このようにアイデアを考えて実行し、成果を残していくということは得意なほうだったと思います。目の前に壁が表れても、アイデアの力で乗り越えてきた面は大きいですね

仮に大学生の頃からアイデアを考える力を身に付けるとするなら、大切なのは「知らない」を放置せず、徹底的に調べて自分の知識として吸収する姿勢でしょう。

最初は小さなことでもかまいません。自分の身の回りの「そういえば知らないな」「このワードってどういう意味なのだろう」といった日々の疑問を解消する習慣をつけてください。そのようにして知識がついていけば、次第に知らないことが減り、新たなことに興味がわくようになります。それが「世の中の流れ」を知るきっかけです。

世の中の流れを知り仕組みがわかってくれば、何をどうすれば今抱える問題を解決できるのか、その選択肢が増えます。選択肢が増えればアイデアを考えられるようになり、アイデアの考案を重ねることで自然と考え方が身に付いていくはずです。

「考える力」を身に付けるためにできること

ちなみに、私の「考える力」が身に付いたのは、1年間通い続けた後継者養成講座での経験がもとになっています。その名のとおり経営者を目指す人に向けた講座で、この時期は「仕事」というものと徹底的に向き合い、考え抜いた時期でした。私はほかの人に比べて学ぶ時間があまり多くなかったので、ここでいろいろな知識を身に付けたのです。その学びがあったからこそアイデアを考える土台ができ、単価も客層も、まるで性質の異なる商材を扱うことになったときでも業績を上げていくことができました。

アイデアというのは、知識がなければ湧いてきません。まずは知らないことを減らし、多くの知識を身に付けることから始めましょう。それに早いうちから気づいていれば、仕事でも誰よりも早い段階で活躍できるはず。

社会人として順調なスタートを切るためにも、今のうちから「知らない」を放置せずに、些細なことでも疑問を解消する習慣作りが大切です。

小田さんからのメッセージ

会社は「やりがい」の言語化で決めよう

これから社会に出ていく皆さんが初めにする大きな選択が、会社選び。どのような会社がベストかは目的にもよりますが、共通して意識していただきたいのは「やりがい」を持って働ける会社かどうかを見極めることです

そうは言っても、やりがいを感じられるかどうかは実際に働いてみなければわかりません。そこで一つの指標になるのが、会社側が自ら「やりがい」というものを明確に提示しているかどうかだと思っています。

小田さんが考える「やりがい」の定義

企業研究をしていくなかでは、ぜひこの「やりがい」が明確に示されていて、自分でもイメージできるかを考えてみてください。もしなかなかイメージできないときは、働いている人の「顔」を見てみましょう。やりがいをもって働いている人の顔は、イキイキとしていて楽しそうなもの。SNSや企業説明会などで実際に働く社員の顔を見たとき「感じが良いな」「この人のように働きたいな」と思えるなら、それはあなたにとってやりがいを感じられる良い会社なのかもしれません。

あとは、明確なビジョンを持つことも大切です。極端な例ですが、大谷翔平は「ドラフト1位を8球団から獲得する」という大きな夢を掲げ、実現のための目標をシートにまとめてかなり具体的にやるべきことを書き出していました。ここまでくるとそりゃ勝てないよね、と思ってしまいますが、逆に言うならそれほどまでに明確な夢と実現するための目標さえ見すえていれば、たいていの場合かなうということです。

ただ、そのようなことができるのはごく一部。もっと単純なものでもかまいません。たとえば「月給100万を目指す!」「同級生より出世したい!」などでも良いのです。

社会の荒波にもまれるなかで「目標を達成するには、もっと明確でなきゃだめだ」と気づくときが来るはず。そしてそこに気づけるということは、どう修正していけば良いかはすでに見えているでしょう。修正した目標に向かって、ひたむきに進んでいくことができれば良いのだと思います

会社は単にお金を稼ぐ場ではなく、自己実現の場。その本来の意味に気づけるのも、皆さんが社会に出て少しずつ知識を身に付け、できることを増やしていき、ものの見え方が変わったときでしょう。そのときのために、今小さな目標を立ててできることをやっておく。その積み重ねが、将来のあなたを大きく成長させるのです。

小田さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:瀧ヶ平史織

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