道標は常に自分のなかにあり|強く、たおやかな人生は豊かな土台から育つ
鈴木ハーブ研究所 代表取締役 鈴木 さちよさん
Sachiyo Suzuki・新卒で研究機関の図書館で司書として働き、8年の就業経験を経て結婚出産を機に退職。その後家庭に入るも、次女のアトピーをきっかけに改善に役立つ製品の開発を夫婦で始め、鈴木ハーブ研究所を起業。その後現職
人生は草木の生涯に同じ。太く長い生き方を
ハーブの栽培は、土づくりから始まります。栄養がたくさん詰まった豊かな土があり、そこにしっかりと根を張ることで植物は大きく丈夫に育つからです。それと同様に、充実感ある人生を歩んでいくにはその土台作りが必要だと思っています。まず足元を固め、家族を持ち、幸せな家庭を築く。私の人生においては、それが最も大きなテーマでした。
その考えを固めたきっかけとなったのは、父が小学校3年生のときに亡くなった出来事です。母子家庭となり、ときには1週間をたったの1,000円でやり繰りしなければならないこともありました。当時は母一人子一人という家庭がまだ珍しく、父親がいないことへのコンプレックスもありましたね。寂しい思いをした瞬間もあり、温かい家族を持ちたいという欲求はその頃からずっと抱いていました。
そんなささやかな希望から一変、現在は一つの企業を経営して代表取締役なんて肩書があるわけですが、足元を固めることの重要性は未だに感じています。特にハーブとかかわる生活を送るなかで、人も企業も植物も、同じように自然の摂理のなかで生きているのだということを実感しています。
これらに共通して言えるのは、何事も共生なしには生きていけないということです。たとえば植物は蜂や蝶によって受粉して実をつけ、鳥や風に種を運んでもらい広範囲に繁殖します。ここで一つの共生の関係ができていますよね。
人も同様に助け合うなかで社会生活が営まれているのはいうまでもなく、企業経営においても誰かの力を借りることや、ときには自分の力で誰かを支えることだってあります。周囲の人と共生して成長し、広く影響力を持てる企業になる。この過程は、植物の成長と通ずるところがあります。
肥沃な大地でゆっくりと育った種は、やがて硬く丈夫な幹を持つ寿命の長い木となります。一方で成長スピードが速い植物はすぐに大きくなりますが、それだけ茎が細く柔らかかったり倒れやすかったりと、寿命が短い場合が多いものです。
このような植物の成長を日々見守っていると、企業としても同様にゆっくりと、深く大地に根を張って成長していきたいと思います。長い時間をかけて育ち、太く大きな幹を持った、簡単には倒れない企業を作ることが今の自分の役割だと思うのです。
お茶くみから流されるままに経営者へ。激流のなかを楽しむ考え方
今でこそ企業経営に対しビジョンを持って取り組んでいますが、何も初めからこのようなキャリアを想定していたわけではありません。それこそ幼い頃から抱いていた希望をもとに、新卒でOLとして就職してからは「いつかは結婚して家庭に入るんだろうな」と思いながら働いていました。
とはいえ仕事を投げやりにこなしていたわけではありません。事務として働くなかではお茶くみの仕事をすることもありましたが、100人以上いる社員を相手に「〇〇さんはブラックコーヒー」「〇〇さんはミルクを1つ入れる」といったように、それぞれの好みを覚えてお茶を淹れる仕事は楽しかったですね。そういったサポート役が向いていたのだと思います。
そのようななかで夫と出会い、結婚・出産を機に退職しました。その後はしばらく専業主婦を楽しんでいたので、このまま幸せな家庭を築いて温かい人生を過ごすものだと思っていたのです。
ところが蓋を開けてみれば、激流のなかであっという間に経営者になっていました。もちろん自分の意思が一切なかったわけではありませんが、これまでの経緯を振り返ってみると「流されてここまで来た」というのが一番合っているような気がします。今でも周囲の人に語るのは「社長になるつもりはなかったんだけど……」の一言です。人生は何があるかわかりませんね。
専業主婦から経営者になるのは決して簡単なことではありませんでしたが、それでも一瞬一瞬を楽しんでいました。それこそ社長という立場や名刺があったからこそ出会えた人もいて、今だから会いに行ける、言葉を交わすことができる人もいます。まったくの予想外の人生でしたが、これはこれで楽しいと思えるのです。
すべての原点は「我が子のために」という思いにあった
鈴木ハーブ研究所は夫婦で創業しました。きっかけは次女のアトピーです。毎日つらそうな様子を見ているのは私たちもつらかったのですが、医師の診断に従い保湿をしても、薬を塗っても、何を試しても思うような効果は出ません。
夫は会社員でしたが研究熱心で、保湿ができ、肌に良い成分はないかと探してくれました。そうして試行錯誤を続けていくなかで開発した保湿剤が、現在のビジネスの先駆けです。次女のアトピーには効果てきめん。良いものができ、その評判が次第に広がってどんどんと顧客が増えていきました。
当初はサポート役として問い合わせの電話を受けていたのですが、その件数が増えてくると子どもたちを幼稚園に送っていく時間すらなくなりました。さすがに夫へ「辞めませんか」と提案をしてみたものの、顧客がついてしまい後には引けません。まさに四六時中仕事をしているような状況でしたね。
夫が我が子のために一直線に突き進んでいくなか、後に続いた私は半分巻き込まれたような形で企業経営に参加し、いつしか自分も「こういうものを作りたい」「こういうことがしたい」といった企画をする立場になっていました。しかしそういった経営企画の仕事はサポート役の延長と考えられる部分もあり、それはそれで楽しかったです。
今思えば、そのとき与えられた仕事にはいつも楽しみながら向き合ってきました。決して初めから望んでいたわけではありませんが、何だかんだこれまで良い人生を歩んできています。もちろん大変なことや思いどおりにならないことは数えきれないほどありますが、子育てを経験した身としては子どもと向き合うほうが何倍も苦労した実感があります。仕事のほうが楽なのではないかとすら思いますね(笑)。
自分を変える、価値観を変える。ルーツは常に人にあり
これまでを振り返ると何事にも楽観的に、前向きに向き合ってきたように感じられるかもしれませんが、もともと若い頃は「どうせ自分なんて」が口癖でした。夫と共に過ごし、沢山の本を読み知識を吸収していくうちに、自然と意識改革がなされていたのですね。
夫は非常に行動的で意欲があり、自分の意思を持って動く人です。それこそ初めは彼に行けと言われた講座やセミナーに参加するなど、私自身は言われたままに動いているような状況でした。しかし登壇している人の話を聞いていると、少なからず刺激を受けたり価値観が変化する瞬間があるものです。
今でも心に残っている言葉に「水は低きに流れ、人は易きに流れる」というものがあります。水が低い方へ流れていくのと同じように、人も簡単な方、楽ができる方へ流されやすいということです。易きに流されないためには、向上心がある人のもとに行くように言われました。それからというもの、前向きなマインドを持っている人や何かしらの分野で成功を収めている人をお手本にするようにしています。
特に起業してからは井戸端会議や立ち話を一切やめ、愚痴を言うことを禁止しました。自分が変わりたいと思うなら、過ごす環境も変えることが大切だと思っています。人は周囲の環境に影響を受けるものなので「見習いたい」「尊敬できる」と思える人の近くにいることはとても重要です。
また企業を経営するにあたって、たくさんの本を読むようになりました。企業経営だけでなく、前向きに物事を考えるための方法など柔軟な思考にかかわる書籍も読んでおり、そういった先人の知恵からも得られるものは非常に多くありました。
人を変えるのは人です。考え方や価値観を変えたいと思うなら、かかわる相手を変えるのが効果的でしょう。もちろんこれまで築いてきた人間関係は何にも代えがたい財産ですが、今の自分から大きく変わりたいと思ったときこそ、一度交流を持つ相手を変えることも考えてみてください。
興味があるものにゼロ距離で。衰退しない成長のコツ
成長したい、学びたいと思うなら、意識改革は重要だと思います。「どうせ自分にはできない」「これで良いや」という固定観念があるだけで、自分の可能性に蓋をしてしまい入ってくるはずの知識も入ってこなくなりますから。
とはいっても、マインドを変えるのは簡単なことではありません。だからこそ、まずは素直に行動をすることを大切にしてほしいですね。信頼する人、尊敬する人に「これをやると良い」と言われたことをすぐに実行できる人は、周囲の人の何倍も伸びていきます。考えるよりもまず行動し、学びを体現していってください。
一方で、能動的に動くことも活躍するためには重要です。学校に通っていたときよりも、社会に出た後のほうがずっと勉強の機会は多くなります。というよりも、社会に出ても勉強を続けなければ、知識やスキルは衰退していく一方です。変化の激しい現代に生きているからこそ、自分から行動していかなければあっという間に取り残されてしまいます。
自分から行動するためには、興味があることやわくわくすることに触れられる企業を選ぶことが大切です。皆さんのそばには生まれたときからスマートフォンがあり、簡単に情報収集ができる環境ですよね。だからこそ、好きなことや興味を持てることがあったら積極的に調べてみてください。そして実際に会ったり、現地に行ってみたり、とにかく興味があるものに一歩でも近づいていく意識や行動力を持ちましょう。
最終的には、興味のある対象と「友達」になれるくらい近づくのが理想です。人が相手なら繰り返し会いに行き、対話をし、その人の価値観に触れてみましょう。ものや土地が相手なら、そこに宿る歴史や周囲の人がどう思っているのかまでふみ込み、誰よりも相手を理解している状態になるのがベストです。そこまでを含め、徹底的に近づいていくことが学ぶということなのではないかと思います。
そのように学ぶ習慣をつけることで、あなた自身の価値観が明確になるはずです。好きなものは何か、どのような人間でありたいのか、どのように生きていきたいのか。その答えを自分のなかに見つけるためにも、多くのことを学んでくださいね。
「死」から「生」を見る。最高の終わりに向かうマインドセットのすすめ
何事にも楽しんで向き合うマインドを形成するうえで、大切にしている考え方があります。それは「決められた時間しか生きられないなら、幸せだと笑って過ごしたい」ということ。
これはさまざまなセミナーでワークをするなかで培った考え方です。「最高の生き方をして死ぬとしたら、どのような生き方をするか」「残された時間が1日しかないときに何をするか」といった問いを投げかけられることが何度かあり、その答えに向き合っているうちに見出しました。いわば「死」から「生」を見る考え方ですね。
このワークをとおして、自分は何のために生きるのかを考える時間がありました。その答えを明らかにするにはまだ時間がかかりそうですが、時間は有限であるということにこれまでよりもしっかりと向き合うことができたと思います。
誰しも決められた時間のなかでしか生きられないなら、1分1秒でも長く充実した時間を過ごしたいというのが私の考えです。今でもマインドが暗い方へ引っ張られそうになったときは、「その考えは理想としていたものなのかな」と自分自身に問いかけています。そうすると明るく笑っていたいと感じた気持ちを再認識でき、自然と気持ちが切り替わるのです。
幸せに豊かに生きたいのは、誰しも当たり前に抱いている希望かもしれません。しかしその本質を意識するかしないかで、その後の生き方は変わってくるのではないでしょうか。皆さんにも、気持ちが落ち込んだり目の前に大きな壁が立ちはだかったりしたときは、気持ちを切り替えるための足掛かりとしてこの考え方を思い出してほしいなと思います。
大人こそ楽しくあれ。自分の明かりで周囲を照らそう
これから社会に出る皆さんは、不安なことや気がかりなことを多く抱えているのではないかと思います。そんな皆さんに私から言えるのは、「人生は楽しい」ということです。価値観が人それぞれである以上、楽しいと思えないこともあるかもしれません。それでも、まずは楽しむ気持ちを持つことを忘れないでください。小さな楽しみを見落とさず、前向きに生き、簡単には暗い気持ちに引っ張られない。そんなマインドを持っている人が、最終的に成功を収めるのではないでしょうか。
私は今後の人生を、今と同様に楽しみながら歩んでいきたいと思っています。たくさんの楽しいことを経験し、心を豊かにして、その姿を後輩に見てほしいですね。それによって、後に続く人たちにも「人生は楽しいんだ」「おもしろいことが待っているんだ」と思ってもらいたいです。最終的には「庭の草を抜いているだけでも楽しいよ」なんてことを語れると良いなと思います(笑)。
自分自身の機嫌が良い状態を保ち、やることがあるのをありがたいと感じられる年の取り方をしていきたいです。人生は楽しかったと、胸を張って言うことが今の目標です。
社会に出て生きていくうえでは、思うようにならないことやうまくいかないこともたくさんあるでしょう。むしろそのようなときのほうが多いかもしれません。それでも、人との出会いや巡り合いを大切にしていくことで、必ず素敵な縁が結ばれたりチャンスが巡ってくることはあります。
わくわくする出会いやチャンスは、必ずある。人生はきっと楽しくなる。そう信じ、どのようなときでも希望を持っていてください。その希望は自分自身の行く道を示す小さな明かりとなり、次第に周りを照らす大きな光になるでしょう。限りある最高の人生を、精一杯楽しんでください。
取材・執筆:瀧ヶ平史織