目的がキャリアの灯台になる|「居心地の良さ」から片足を出してみよう

武田の笹かまぼこ 代表取締役社⻑ 武⽥ 武⼠さん
Takeshi Takeda・高校卒業後、セントに入社。事務機器の営業に7年間従事。その後家業を手伝うため武田の笹かまぼこに入社。営業部長を務めたのち、代表取締役社長へ就任。以降現職
鎧を脱ぐところから始まった経営者としてのキャリア
振り返ると、本格的な経営者としてのキャリアは甘えや見栄を脱ぎ捨て、三男である自分が家業を継ぐという覚悟を決めたところからスタートしました。
ファーストキャリアは一般企業の営業を選びました。地元の安定した企業で、言うなれば手堅い選択をした形です。営業を選んだのは学生のころ父の会社で販売の手伝いをした経験が大きくて、自分の力で物を売って会社の利益を上げていくということに興味を持ったからです。とはいえ三男坊でしたし、当初は父の跡を継ぐことなどまったく考えていませんでしたね。高校を卒業後に営業として就職した後は、7年ほど仕事をしながら充実した生活を送っていました。
ところがある時、父の会社の営業部長だった方が倒れてしまい、代わりに自分が営業として入社することになったんです。親の会社を助けたいという一心で入社を決めましたが、そのときもいずれ経営を主導するとまでは思っていませんでした。流れで言えば当時すでに家業を手伝っていた兄が会社を継ぐのが当然ですし、自分はその経営の手伝いをしていこうという感覚だったんです。
しばらく一営業メンバーとして家業を手伝っていたところ、あるとき兄から「どうしてもある会合に参加してほしい」と言われました。それが「宮城県中小企業家同友会」です。宮城県の経営者たちが運営する経営について議論する会合で、今でこそ言えますが、参加するのは嫌だなと思っていました(笑)。かなり厳しく意見をぶつけ合う場ということは知っていましたから。兄は普段とても柔和であまり強く言うタイプではなかったんですが、それだけは出てくれと頼み込まれたんです。だから、渋々ながら参加しました。
結論として、ここが一つの大きなターニングポイントになりました。案の定会合では質問責めに合う瞬間もありましたし、どんなビジョンを掲げているのか、それはなぜかなど、徹底的に「Why」の深掘りもされました。当時は何一つうまく答えられなくて、悔しい思いをしましたね。さらにその後の懇親会で「武田くんって、自分がやってきたことじゃなくて、あの本が、とかあの偉人が、みたいな話が多いよね」とも言われました。心に重くのしかかる言葉でしたが、どこかで図星だなと感じているところもあったんです。取り繕いやみせかけのかっこよさみたいなものがそぎ落とされて、何もかも丸裸にされた気分でした。
それから「会社も自分もこのままじゃだめだ」「もっと主体的に、自分が経営を主導する意識で本気で取り組まなければ」と強く思うようになったんです。
そうして兄と何度も何度も会社の未来について話し合い、紆余曲折を経て、最終的には経営を交代することになっていきます。今考えると、そこで鎧が脱げたからこそ経営者としての「覚悟」を決めることができたんだと思います。

手段を最終地点にしない。目的志向で歩み続けよう
兄と経営を交代するにいたるまでの間には、東日本大震災での被災や父の死、新型コロナウイルス感染症の流行など多くの困難に見舞われました。立ち直る気力すら抱けないような状態から会社を復旧するためにはどうすればいいのか。そこで、今のままではいけないと強い危機感を抱きました。
そこから、働きながらも大学院に通い、経営についての知識をとことん学ぶことを決意したんです。昼間は働きながら、朝早く起きて隙間時間で勉強。そんな生活がしばらく続きました。体力的にはやはり大変でしたね。それでも続けられたのは、「父から継いだ大切な会社を軌道に載せる」という何にも代え難い大切な目的があったからです。
そのためにはあれもこれも必要だと幅広く学んでいった結果、最終的にはMBAを取得するにいたりました。それからは、学びを活かして新商品の開発など積極的に新しいチャレンジをすることができるようになりましたね。おかげさまで、新商品は大きく売れ、今では看板商品となったものもあります。
自身は結果的にはMBAを取得していますが、もちろんそれが目的で学びを深めていたわけではありません。みなさんも資格や肩書きなど、華やかなものに手を伸ばしたくなったときは、一度その目的が何か立ち返って考えてみてください。資格や肩書などは「手段」に過ぎません。資格を取得したからといって仕事で活躍できるわけでも、社長だからといって偉いわけでもないのです。そのあと何を成し遂げたいのか、つまりは「目的」が最も大切です。実際、私が経営を軌道に載せることができたのはMBAを取得したからではなく、自社を立て直すという目的を明確にして、そこで得た学びを血肉としたからです。

それは就職活動においても同じことだと思います。大手に入りたい、弁護士になりたいなど自分なりの目標を立てるのは素晴らしいことですが、その先に何を成し遂げたいのか? を考えるようにすることが大切です。手段と目的を履き違えないで欲しいですね。「目的」さえ明確であれば、どんな会社であっても充実したキャリアを歩むことができるのではないでしょうか。

「コンフォートゾーン」から外れる勇気が成長を生み出す
働きながらMBAを取るほどがむしゃらに頑張ることができたのは、誤解を恐れずに言えば「冷や汗をかくような環境」に自らを置き続けることを信条としているからです。居心地の良さにあぐらをかかないようにしているとも言い換えられますね。
居心地の良い環境に居続けてしまうと、新しい刺激を受ける機会がなくなり、いつの間にか周りに遅れをとってしまうなんてことは、変化のスピードが速い現代だからこそ多いものです。追いつけない状況に置かれていると、焦りが次第に諦めに変わり、段々と怠惰になってますます周りに遅れをとってしまう……というように、負のスパイラルに陥ってしまうかもしれません。そうなれば自分も周りも不幸にしてしまいます。だからこそ、自分が快適な環境=コンフォートゾーンから一歩外れて、外に踏み出す勇気が必要です。

このように考えるようになったのは、高校時代に留年した経験からです。幼いころから野球に熱中していて、高校でも野球ができるようにと強豪校に入学を決めました。でも実際入ってみると、周りはエース級の選手ばかり。お山の大将に活躍の余地はありませんでした。「このまま続けてもレギュラーにはなれないな」と悟った瞬間やる気がなくなり、部活をサボるようになってしまったんです。そうなると、靴が隠されたり、グローブがなくなったりしはじめました。今考えれば自分にも非があったように思いますが、それでますます部活をサボるようになり、だんだん部員がいるクラスからも足が遠のいてしまうように。結果、単位が足りずに留年することになってしまいました。
この経験から、楽な方へ、楽な方へと自分の身を置く場所を動かしてしまうと、自分も周りも不幸にしてしまうなと身に染みて感じたんです。自分から一歩外の世界に踏み出す、新しい環境に積極的にトライする、そういったことをこの経験をふまえて大切にするようになりました。積極的に挑戦する姿勢が自分にも周りにもポジティブな影響を与えて、その先で自然とよいサイクルに入り、大きく成長することができるんです。
就活生のみなさんにも、物事が停滞しているように感じるときは、自分が楽な方ばかり選んでいないか一度考えてみてほしいです。もし負のサイクルにはまりそうになったら、何かひとつでもいいので新しい挑戦をしてみましょう。厳しい環境に身を置くことだけがもちろん正解ではありませんが、今自分がしようとしている選択は本当にポジティブな未来につながるのか、定期的に振り返ることは忘れないでほしいです。

矢印は常に外向きに。良い循環は興味から始まる
今は経営者として日々課題に取り組んでいますが、いつも順調というわけではもちろんありません。過去の自分と同様に、今でも壁に当たることはよくあります。ただ、うまくいかないなと思ったときは、意識を「外」に向けるように気を付けていますね。経営をはじめたばかりのとき、なかなか周囲がついて来ず自分だけが空回りしているような、悶々としていた時期がありました。今考えると、当時は自分ばかりに意識がいってしまっていたんですよね。「自分は何がしたいか」「自分はどうすべきだと思うか」など自分のことばかりを相手に押し付けていたわけです。当然これでは周りの人も付いていきたいとは思いません。
でもあるとき、そのような「プッシュ型」のやり方ではうまくいかないと気づき、真逆の「プル型」で接するように変えました。つまり自分のことばかり一生懸命考えるのではなく、意識を外に向けて周囲に興味を持つようにしたんです。すると、「この人の趣味は何かな」「野球が好きなのか。じゃあ今度観戦に誘ってみよう」など自然と相手のことを考えてコミュニケーションをとることが増えました。それによって段々と心を許してもらうことも増えて、社員自らアイデアを出してくれるようになっていきました。仕事もそこからスムーズに進むようになりましたね。

自分は頑張っているつもりなのになぜかうまくいかない、なんだか空回りしている、そんなモヤモヤを抱えたときこそ、意識を外に向けるようにしてみてください。意識を外に向けると、狭くなっていた視野が広がって肩の力が抜け、今までとは別の解決策を思いつくかもしれません。
経営理念は企業の「目的」を表す。共感できる会社を選ぼう
モヤモヤの突破口について話しましたが、これから社会に飛び出していく皆さんこそ今後迷うことはたくさんあると思います。まして就活は初めて企業と真剣に接する機会になるわけですから、今後の進路について、自分の将来について悩むことも多くあるでしょう。
そんなときのための一つのアドバイスとして、「その先の未来に共感できるか」を大切してほしいなと思います。たとえば企業選びに迷ったときには、その企業の経営理念に共感できるかをまず見る。経営理念は、言うなればその会社の判断基準、つまりは「目的」を表します。会社と自分の「目的」が同じであれば、同じ未来を見据えてやりがいを感じて働くことができるはずです。ただし、その企業理念が本物なのかどうかはよく見極めた方が良いですね。経営理念は掲げるだけ、言っていることとやっていることが違う、という会社もないわけではありませんから。
だからこそ、企業研究をする際には経営理念だけではなくその会社が実際に起こしているアクション、たとえばどんな事業に注力しているかや、どんな展開の仕方をしているのかまでじっくり観察してみましょう。会社に足を運んで、肌で雰囲気を感じてみる、働いている人に話を聞いてみるなど、実際に行動を起こしてみるのもいいですね。自分なりの手段で、とにかく徹底して会社のことを知り尽くしていく、その道中で「この会社は自分に合うかも」「あんまり共感できないな」と、自ずと相性も見えてくるはずです。
武田の笹かまぼことしてのこれからの目標は、更なる商品開発や事業開発をおこない、地元の企業として貢献していくことです。今までも工場を震災の避難所として開放したり地元の高校で授業をしたりと、地元と一体となる活動を意識してきました。これからも地域に根差した商品を開発しながら、さまざまな社会の問題に対してアプローチしていきたいです。
最後に、みなさんも自分が真に共感できる会社を見つけて、ぜひ自分の「目的」に向かって邁進してみてください。みなさんが充実したファーストキャリアを歩めることを祈っています。

取材・執筆:久保鞠奈