打席数が「質」を決める|バランス感覚を研ぎ澄ましながら充実したキャリアを築こう

経営者JP 代表取締役社長 CEO 井上 和幸さん

経営者JP 代表取締役社長・CEO 井上 和幸さん

Kazuyuki Inoue・1989年早稲田大学卒業。リクルートにて自社採用、広報や新メディアの立ち上げにかかわった後、人材コンサルティング会社で取締役に就任。2004年リクルート・エックス(現リクルートエグゼクティブエージェント)を経て、2010年に経営者JPを設立

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職場は「情報」だけで決めない。肌で感じるリアルな空気を知ろう

バブル景気が終わりを迎えようとしていた頃に、就職活動をしました。ゼミの仲間は金融業界を目指す人が多かったのですが、私は広告やメディアを志望。これから脚光を浴びるであろう“情報”を切り口にしていたリクルートに就職を決めました。

しかし内定が出てほどなくして、戦後最大とも言われた汚職事件である「リクルート事件」が起きます。このタイミングでそんなダーティーな会社に就職するなんて、と家族や友人から大反対されましたが、入社の意思は揺らぎませんでした。

なぜなら、実際にそこで働く人々の姿を見てきたから。内定後、内定者たちはリクルートのさまざまな部署でアルバイトをしていました。会社をもっと知るための、事前研修のような意味合いもありました。

私は本社の広報室で内定者アルバイトをしていたのですが、そこで社員の働きぶりをつぶさに見ており、社員の誰もが真剣にプロジェクトに取り組み、活発に意見を交わす姿に共感を覚えていました。若くても活躍できる社風や、オープンでおもしろいことをしている現場をこの目で見てきたので、入社を取りやめようとは思いませんでした。

今の時代はインターンシップも盛んですから、私がアルバイトをしたように、生の職場を体験する機会は少なくないでしょう。自分の肌で感じたことが、自分の決定に一番影響を与えます。ぜひできるだけ職場に近いところに足を運んで、少しでもその仕事を体験してみてください。そのほうが、将来にかかわる大きな決断をするうえで「自分にとってベストだ」という自信が持てると思います。

リアルを体感して判断しよう

手探り状態のなか見出したトライ&エラーの重要性

リクルート入社後は、人事や広報といったバックオフィス部門を経て、新規事業の立ち上げにも取り組みました。新たな紙媒体の企画を進める一方で、リクルートとしてほぼ初めてのインターネットメディアの立ち上げも担うことになったのです。

インターネットにはどんな可能性があるのか、どうやってビジネスにしていくのか、実際の運営はどうすれば良いのか──。その当時、社内に経験者はいないので、すべて手探りです。そのとき自分なりに作り上げたのが、トライ&エラーを重ねながら進めていくやり方でした

まず自分で仮説を立てて、ステップを設定して実行し、その検証をします。その後段取りやガントチャートを組んで、メンバー皆でプロセスを共有し、作業を進めながら計画の見直しをします。エンジニアの開発プロセスなどを参考にして、こうした一連のやり方を確立していきました。

井上さんが確立したプロジェクトの進め方

ここで自分なりに作り上げていったプロジェクトの進め方は、今でも役に立っています。また、ゼロから何かを作り上げていくときには、仮説と計画、検証が重要だと肌で学びました。右も左もわからない、どう進んで良いか見当もつかないときには、まずは自分なりに考えてやってみる。その結果から道を探していくという進み方も、ありなのではないかと思います。

推進力を上げるには「情」と「理」のバランスが大切

もう一つ学んだのは、論理的な考え方と、現場の雰囲気やコミュニケーションをベースとした考え方、どちらも同じくらい大切だということです

もともと当時のリクルートは、何をするにもキッチリと決めず少しあいまいさがあると感じていました。会議の参加者が時間通りに集まらず、解散するときも「次の予定があるから」と徐々に人数が減っていくような雰囲気でした。「理屈じゃないんだよ」というような考え方を持っている人が多かったですね。

そのような人たちによって推進されて立ち上がるサービスや事業展開の素晴らしさには、目を見張るものがありました。

一方でインターネットの事業を進めるにあたって、さまざまなITエンジニアと仕事をするようになると、すべてロジカルに物事を判断し、決定していくのが当たり前でした。今まで自分が学んできたスタイルとは違いましたが、論理的に物事を進めていくので、すべてが明確でした。

仕事の進め方

この2つが重なり合うと、どんな事業もとても進めやすくなります。論理的な計画や分析、判断を中心にしながらも、コミュニケーションによる意思決定の強さや勢いを削がずに推進する。マインドの部分=情と、ロジックの部分=理の両方を意識して大切にすれば、人と人がうまくやっていけるように思います。皆で物事を推進するには、ぜひこの2つの観点をどちらも大切にして、そのバランスを探ってみてほしいです。

マクロとミクロの喜びを求めて

リクルートでの仕事は楽しく、起業しようという意思もなかったのですが、当時所属していた部署はベテランが多く、刺激が足りないと感じ始めてもいました。また、これからの時代には、もっとインターネットを活用した事業が必要とされるだろうと考え、そうしたサービス・事業づくりに注力したいという思いもありました。

そんなタイミングで、先に退職して事業を立ち上げていた友人から声がかかったのです。リクルート流の採用メソッドやノウハウを活かし、インターネットを活用した新卒採用のコンサルティングサービスをおこなうという事業内容は、まさに自分が力を注げるものだと思いました。自分の知見が活かされるという点で、社会貢献にもつながると感じましたね。実際に新たな場所で仕事を始めると、お客様のダイレクトな反応や効果も感じることができ、非常にやりがいにあふれたものになりました

さらにその数年後、エグゼクティブ領域の採用支援に関する新規事業を考えていた私に、古巣のリクルートの先輩から「それなら、同じような事業をリクルートで立ち上げているから一緒にやろう」と声をかけていただき、リクルートの子会社に移籍することに。結果としてそれがライフワークとなりました。その後、経営者JPを創業することとなり、現在に至ります。

井上さんのキャリア変遷

人材ビジネス、採用支援のやりがい。リクルート時代の事業開発・事業企画経験。独立系スタートアップ時代の経験。最後に、リクルート子会社での新会社立ち上げや事業執行、経営の経験。これまで経験してきたことのすべてが、今の経営者JPの事業テーマにつながっています。

こうした経験によって気づいたのが、キャリアには2つの喜びがあるということ。

一つはマクロの喜びです。自分の仕事、携わっている事業が社会的意義やインパクトを持つと感じられるのは、うれしいものです。この事業が世の中を良くしていると思えば、毎日の作業にも張り合いが持てますよね。しかし、大義だけでは動けなくなるときもあります。

そのようなときにはもう一つ、ミクロの喜びを探してみましょう。作業を完璧に終わらせた、先月より早くできるようになった、お客さまや同僚に感謝された──。そのような日々の手応えがあれば、また大きな目標や目的のために、視座を上げて取り組めるようになるのではないでしょうか。マクロとミクロ、両面でやりがいを感じられる場面があれば、きっとそのキャリアは充実していきます。私も2つの喜びを追求しながら、その後自分の会社を立ち上げました。

量=質。良い仕事をするためにはまず打席に立とう

情と理、マクロとミクロのように相反するものを見すえ、バランスや関係性をうまく保つことで、良い結果が得られることはほかにもあります。それが、量と質の関係です。

近年、世の中には情報があふれており、ちょっと調べれば答えがわかることも多いですよね。より効率の良い方法を調べて、それだけが正義のように思うこともあるかもしれません。しかし、プロの仕事は情報や効率だけでは完成しません。必ず経験に裏打ちされたものがなければならないのです。だから、どんな仕事でも量をこなし、経験を重ねることは必要です。量をこなすことで、初めて質も上がるのだと思います。

一定の量を経験し、自信をつけた者にしか、一定以上のクオリティは担保できません。だから、まずは打席に立ちましょう。効率の良いやり方や答えがわかっていたとしても、実際に体や頭を働かせてやってみることが大切です

付加価値を作るのは長く続く「好き」

経営者JP 代表取締役社長 CEO 井上 和幸さん

では一体どんな打席に立つべきか。自分はどんなキャリアを描いていけば良いのだろうと思う人は、まずはシンプルに「好き」という気持ちにフォーカスすれば良いと思います。熱狂的に好きだとか、誰よりも詳しいとか、そんな強い情熱がなくてもかまいません。興味関心が持てることは何か、シンプルに考えてみてください。

そして、「この領域の仕事を長く続けられるか」ということも考えてみましょう。人生100年と言われる時代、間違いなく仕事を続ける期間は伸びていきます。完全に同じ仕事を続けるわけではないとしても、似たような領域でキャリアを重ねていくことは多いはず。だとしたら、長く追求できるものを選ぶほうが良いですよね。

さらに「時代のなかで必要とされ続けるか」についても、少しだけ意識を向けてみると良いと思います。自分の関心と社会のニーズが重なる領域で、かつ永続性のあるものを追求できれば、長くキャリアを楽しんでいけます。

「好き」という気持ちがあると、工夫や改善、新しいアイデアも生まれやすいです。AI(人工知能)やロボットが活用される時代だからこそ、どんな仕事でも人間にしかできない付加価値を生み出すことが必須となるはず。「好き」という気持ちを核にして、新しい価値を作っていけたら良いですよね。

ときには視野を広げず深掘りする視点も大切

好きなものが多すぎる、興味の幅が広すぎるといった場合には、あえてインプットを限定してみることもおすすめします。情報の洪水に埋もれてしまい、惑わされてしまうときには、検索をいったんやめましょう。そして関心の範囲を広げていくのではなく、少し閉ざして、自分が本当に知りたいことを深めていってはどうでしょうか。

やりたいことが見えてきたら、できること、求められることは何なのかも考えてみましょう。やりたい、できる、求められるの3つが重なり合うところに、天職があります。自分の意志と能力、そして社会からの需要。これらがすべて含まれると、そのキャリアは充実したものになるに違いありません。

井上さんからのメッセージ

焦る必要はありません。自分が好きなものへの直感と、何度失敗しても打席に立つ挑戦を重ねながら、自分にとって理想のキャリアを作り上げていってほしいですね。

井上さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:鈴木満優子

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