計算ずくの成功<自由で創造的な試行錯誤。「人とのつながり」を原動力に築いたキャリア

ビット・パーク 代表取締役 野口 修さん

ビット・パーク 代表取締役 野口 修さん

Osamu Noguchi・幼少期より電気・通信技術への興味があり新卒でNTTに入社。有線伝送の領域で10年間キャリアを積んだ後に退職、起業し、以降現職。紙媒体の企画・制作やWebデザインなどの業務を経て、システム開発・ネットワークインフラの構築へと事業を拡大

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キャリアの原形はギターと電気。「好き」を突き詰めた学生時代

学生時代から今に至るまで、私の人生にぴったり寄り添ってきた存在があります。それが「ギター」と「電気」。ギターは趣味として、電気はキャリアとして、今後も自分から切り離すことができないものです

ギターとの出会いは、小学生の頃。ビートルズやグループサウンズを見て、単純に「ギターを持っているとかっこいいよな」という思いからエレキギターを買ってもらいました。とにかくうまく弾けるようになりたくて、独学で練習しましたね。当時はYouTubeも教本もありませんから、音楽番組を見たり、レコードを擦り切れるほど聴いたり──とにかくできることは手当たり次第、という感じでした。一時はプロを夢見たこともありましたが、世の中のうまい人を間近で見ると、音楽の道でプロを目指すことは現実的でないと思うようになり、趣味として付き合っていくようになりました。今でも音楽活動は継続していて、社内にもいろいろな楽器が転がっていますよ(笑)。

一方の電気について。これは子供の頃、隣に住んでいたおじさんがアマチュア無線を趣味としていたのがきっかけです。トランシーバーを使い世界中の人と交信している姿がかっこよかったのですよね。通信技術にも強い興味を持つようになり、知識を深めていくうちに無線の資格を取得しました。せっかくなら資格を活かせる環境で働きたいと思い、ファーストキャリアとして選んだのがNTT(当時:日本電信電話公社)です。

当時はそれがキャリアにつながっていくとまでは考えていなかったのですが、好きなもの、かっこいいと思うものを突き詰めていった先に自然と道が見えてきたようなイメージです。あの頃見た「かっこいい大人」というものに憧れ続けて、今少しずつ近づいていっているところなのかもしれませんね。

野口さんのキャリア変遷

「思っていたのと違う」を「原動力」に変えたファーストキャリア

ビット・パーク 代表取締役 野口 修さん

NTTへの入社が決まったところまでは順調だったのですが、いざ入社してみると、想像以上のギャップに直面しました。

入社の決め手は、「通信によって人と人をつなぐ」という仕事。採用時に離島間の通信の一助となるため無線機を設置する事業についての説明があり、当時の私は強く惹かれました。

当然無線部門への配属を希望していたのですが、配属先は有線伝送の部署。通信にかかわる仕事ではありますが、無線と有線ではそもそも必要とされる知識や技術が全然違うので、やりたかったことはできません。さすがにしょげた時期もありましたね。

しかし、無線に比べ大容量かつ高速での通信ができる有線の技術は、これから必要とされるに違いないものでした。皆さんも「光ファイバー」という言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。後に「光ファイバー」のネットワークを全国に展開する部署に配属され、大容量通信を世の中に普及させることがミッションになりました。

そのようにして通信技術に関しては時代の先を行っていたNTTですが、社内の様子といえば当時はアナログそのもの。まだまだワープロが主流で、誰もパソコンなど使っていませんでした。電気通信への知識を深める中で当然パソコンも使いこなしていた自分からしてみれば、すべてが紙媒体で成り立つ職場は不便なことだらけです。その状況をなんとか変えたいと思い、自前のパソコンを携えて四苦八苦していました。

通勤時間でパソコンについて学び、職場で活かせそうなことは片っ端から実践して、トライアンドエラーの繰り返し。プリントした印刷物に色がついているだけで驚かれる時代ですから苦労こそしましたが、「通信技術の最先端を行く会社がアナログではいけない」という思いに突き動かされていました。そんな試行錯誤の日々も、なんだかんだと言って楽しんでいたのかもしれませんね。

結果として14年間勤め上げたNTTを離れる決意をしたのは、「このままでは自分の好きなことはできない」と感じたのがきっかけです。バブルが崩壊して時代が大きく揺らぐ中、会社に所属してできることには限界があると思っていました。「好きなことを突き詰めたい」という自分の本質は変わらないもので、好奇心に突き動かされるまま、自由にやれる環境を求めたのです。

経験値になる成功は失敗の先にしかない

今になって思えばバブル崩壊直後にNTTを辞めたのは大きな決断でしたが、それができたのは苦難が多い社会人生活だったから。失敗だらけの日々でしたが、結果として良かったのですね。

実は成功は、大して経験値にならないものです。やってみたらできた、だけでは記憶にも残りませんし、成功したという「体験」しか得られません。一方で、失敗すると「何が悪かったのだろう」「次失敗しないためにはどうすれば良い?」ということを考えますよね。改善のためにより深く、時間をかけて物事に向き合うので、記憶も定着しやすいです。

問題点が明確になり、成功への道につながった失敗は、失敗でなく成功の種。まいた種の数が、人よりも多かったのだと思います。

失敗・成功によって得られるものの違い

今でこそ経営者として会社の行く末、そして多くの社員の人生を背負っていますが、若手の頃はそこまで多くのものを背負っていません。失敗してもいくらでも修正ができますし、失うものも少ないはず。その頃に失敗を重ねられたのは、人生における大きな財産でした。

キャリアを重ねていくと、形はどうあれ誰しも背負うものが大きくなりやすいもの。まだ身軽なうちに、できるだけ多くの失敗を繰り返すと良いと思います。いざというときに「ここは頑張れる」「これは身を引くべき」という判断軸、感覚は、失敗を繰り返さなければ鍛えられないものです。

他力本願で良い。自分のキャパシティを広げる方法

私がこれまで大きな決断を恐れずにしてこれたのは、「他力本願」のスタンスのおかげでもあります。

これは単に何でも人任せにするということではなく、とにかく「人の話を聞く」ということ。私自身、決断をするときやわからないこと、悩みがあるときには、先輩や上司など多くの人に相談していました。

仕事をしていれば、自分一人では解決できないものはいくらでも出てきます。では、なぜ自分で解決できないのか。それは、問題を解くための方程式を知らないからです。この問題に直面したときにはどうすれば良いのか、こういうときはどうすれば解決できるのか──その解決策がわかれば、応用して解ける問題が増えていくはずですよね。

知らないことは、知っている人に聞くのが一番。たくさんの人から少しずつ知識を得ることで、できることや問題が起きたときの対処の仕方、選択肢は確実に増えていきます。学生の場合は、気心の知れた友人やゼミの教授などに相談すると良いと思います。

「他力本願」のメリット

自分一人の力で何かを成し遂げる、いわゆる「自力本願」というのはかなりハードルが高いもの。まずは他力本願で頼れる人には頼り、自分のキャパシティを広げていきましょう。そうして少しずつ自力本願に物事に向き合えるようになれば良いのではないでしょうか。

+SOMETHING」の積み重ねが成長に直結する

ビット・パークのホームページには「+SOMETHING(プラスサムシング)」という文言を記載しています。読んで字のごとく、「何かをプラスする」という意味です。この言葉は、キャリアを通じて覚えておいてほしいですね。

たとえば、Aという製品を作ってB社に提供したとします。この製品Aは、同じ悩みを持つほかの会社、C社の課題解決にも転用できるでしょう。しかしそこから一歩突き詰め、製品Aに追加の価値は与えられないか、C社に提供するうえで最高の状態にするためにもっとできることはないか──「何か」をプラスすることはできないか。それが「+SOMETHING」という考え方です。

これをぜひ、社会人になる前から意識してみてください。何らかの課題にぶつかり、それが以前とまったく同じ解決の仕方ができるものだったとしても、前よりももっと良い形で解決するにはどうすれば良いのかを常に考えてほしいと思います

野口さんからのメッセージ

皆さんが新卒として入社した時、与えられた仕事を淡々とこなすだけでは成長スピードも上がりませんし、何よりおもしろくないのではないでしょうか。

一つ仕事のやり方を学んだら次はもっと短い時間で実行し、余った時間は「+SOMETHING」で仕事に関する勉強をしたり、もっと良い仕事にするための工夫をしてみる。この「余った時間」を大切にできる人は、成長が早いと感じますね

前回の方法を踏襲するのではなく、その時その時でオリジナルの仕事をすることは、すなわち「オンリーワンの仕事」の追求につながります。そしてオンリーワンの仕事ができるということは、その人にしかない価値を提供できるということ。社会人になってからどのようにでも活躍ができるはずです。

今の自分にしかできないこと、その仕事だからこそできることを考え続け、「+SOMETHING」を積み重ねていくことを意識してみてください。

野口さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:瀧ヶ平史織

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